巻26第13話 兵衛佐上緌主於西八条見得銀語 第十三
今は昔、兵衛佐の□という人がありました。冠の上緌(上緒、あげお)が長かったので、世間の人は上緌の主と呼んでいました。
西八条の大路と京極の大路が交差するあたりの畑の中に、貧しい小家があ りました。その前を通ったとき、にわかに夕立に降られたので、馬から降りて、その小家に入りました。嫗(老婆)が一人おりました。
馬を引き入れて夕立を過ごそうとすると、家の内に、平らな碁盤のような石がありました。上緌の主はそれに腰かけて、手なぐさみに窪みを打っているうち、気づきました。
「これは、銀ではないか」
はげたところを土で塗り隠して、嫗に問いました。
「この石はどういう石だ」
「どの石のことでしょうか。多くの石があります。以前よりこの様子である石です」
「昔からあるのか」
「ここは昔、長者の家だったと聞いています。この家のある場所は、倉などがあったところだそうです」
たしかに、大きな礎の石があります。
「あなたが腰かけておいでの石は、倉のあとを畑にしようとして、畝(うね)を掘るとき、土の下より掘り出されて出てきたものです。それが、このように家の中にあったので、とってしまおうとしたのですが、私は力が弱いので、どかすこともできず、憎らしく思いながら、仕方なくそのままにしていました」
上緌の主はこれを聞いて思いました。
「この人はまったく知らないのだな。目がきく者だけが見つけることができるのだ。私がこの石をもらうことにしよう」
老婆に言いました。
「この石は、嫗とともにあるならば価値のないものだけれども、私が家に持ち帰るならば、役立てることができるものだ」
「どうぞお持ちください」
上緌の主はそのあたりで知っている下人に車を借り、石を掘り出して乗せました。ただ持っていくのは罪ぶかいように思ったので、着ている衣を脱いで老婆に与えました。老婆はそんなことがあるとは思っていなかったので、かえって混乱して惑いました。
上緌の主は言いました。
「長いことあった石を、ただ取っていくのは悪いから、衣を脱いで取らせただけだよ」
「思いがけないことです。不用の石のかわりに、このような財の御衣を給わるとは、考えてもいませんでした。まったく恐れ多いことです」
給わった着物を棹にかけ、拝むように頭を下げました。
上緌の主はこの石を車に乗せて家に帰り、すこしづつ砕いて売りました。欲しいものはすべてそろいました。米・絹・綾なども多く手に入りました。
西の四条通りより北、皇賀門通りより西に、人も住まぬ浮(うき)のゆうゆうとする(地盤の悪い)土地が一町(約1ヘクタール)ほどありました。上緌の主はその地を「地価も大したことはないだろう」と考え、買い取りました。地主は「田畑にもできず、家を建てることができない不用の浮を、安くとも買い取ってくれる人があるとはありがたい」と考えて売りました。
上緌の主はこの浮を買い取った後、摂津の国(大阪府)に行きました。平田舟をともなった船四、五艘を難波のあたりにつけ、酒・粥などを多く買い取りました。さらに、多くの鎌を買って、行き来の人を多く招き寄せて言いました。
「この酒と粥を好きなだけ飲んでよい。そのかわりに、この葦を苅ってくれ」
ある人は四、五束、ある人は十束、ある人は二、三十束苅りました。
三、四日たつと、苅った葦は山のように積もりました。それを船十余艘に積み、京に上り、行き来する下衆(町の人々)に言いました。
「ただ通り過ぎるのではなく、この船の縄を引いてくれ」
酒を多くふるまいました。人々が酒を呑みつつ綱を引くと、船はたちまちに賀茂川(鴨川)の河口に着きました。
その後、車を借りて物を載せ、往還の下衆共に同じように酒を呑ませて、買いとった浮の地にすべてを運びました。
葦を浮に敷き、その上にあたりの土を盛って、下衆共を多く雇ってそこに屋をつくりました。
その南の町は、大納言源定という人の家になりました。やがて、定の大納言は上緌の主から土地を買い取り、南北二町に広げました。今の西の宮です。
かの嫗の家の銀を得てから、上緌の主は自分の家を建て、豊かになりました。これも前世の機縁があったからであると語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
宇治拾遺物語にほぼ同じ話がある。
冠のつけかたが変わっているためにおかしなニックネームをつけれられた人がひょんなことから豊かになる話。湿地が多かった大阪を埋め立て広げた町づくり秘話でもある。
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