巻二十四第五十五話 大隅の郡司が歌を詠んで許された話

巻二十四(全)

巻24第55話 大隅国郡司読和歌語 第五十五

今は昔、大隅(鹿児島県)の守␣(欠字。「拾遺集」によると桜島忠信が該当。以後忠信とする。)という人がいました。任国に下って政務を執り行っていたが、郡司※1に職務怠慢の行為があったので、「すぐに呼び寄せて、罰しよう」と言って、使いの者を送りました。

以前にも、このような職務怠慢があった時には、その罪の軽重によって罰することを例としていました。ところが、この郡司は一度だけでなく度々怠慢があるので、「これは重々に戒めよう」と呼び寄せたのでした。
さっそく連れてきたと使いの者が言いましたので、前に罰したと同様に、その郡司を押し伏して、尻と頭に乗る者、(しもとと言う名の※2)鞭を用意して待っていると、二人の男がその郡司を引っ張って連れてきました。

見てみると、その郡司は、年老いた翁で、頭の端々まで黒い髪など一本も混じらない白髪でありました。これを見ると、鞭打つことがかわいそうになり、急に後悔の気持になり、「何とか理由をつけて、この翁を許してやろう」と思いましたが、良い理由もありません。罪科の一つ一つを問いただすと、ただ老いを口実にして言い訳をするばかりです。
忠信はこれを見ていて、鞭打つことがかわいそうなので、「この翁を何とかして許してやろう」と思って、考えを巡らしましたが、やはりいい理由もなく、思いあぐねて、「お前はとんでもない盗人だ。ただし、お前、和歌は詠めるか」と訊ねると、翁は、「はかばかしくはありませんが、詠むことはできます」と答えました。忠信は、「では、詠んでみよ」と言いました。翁はほどなく震える声をあげて、このように詠みました。

としをへて かしらに雪はつもれどもしもとみるこそみはひえにけれ

(年老いて頭は雪のように真っ白になりましたが霜と(しもと=笞・ムチ)だと見ると、恐ろしさに体が冷えてしまいます。)

守はこれを聞いて、たいそう感心し哀れに思って許してやりました。

されば、つまらない下賤の田舎人の中にも、このような歌を詠む者もいるのであります。決して侮ってはならないと、このように語り伝えているとのことでございます。

【原文】

巻24第55話 大隅国郡司読和歌語 第五十五
今昔物語集 巻24第55話 大隅国郡司読和歌語 第五十五 今昔、大隅の守□□と云ふ者有けり。其の国に下て、政拈(したた)め行ける間、郡の司四度(しど)け無き事共有ければ、「速に召しに遣て誡めむ」と云て、使を遣つ。

【翻訳】 松元智宏

【校正】 松元智宏・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 松元智宏

※1 律令制で、国司の下で郡を治めた地方官。 主に国造(くにのみやつこ)などの地方豪族が世襲的に任ぜられました。つまり、この話では桜島忠信が都から天下ってきた上司で、翁が大隅にもともといた地方豪族。(現代だと中央省庁から2、3年の任期で来た中央官僚と地方公務員という感じ)

※2 「しもと」とは懲罰鞭のこと。今昔物語ではこの言葉がなく、ほぼ同話の宇治拾遺物語(巻九)にはあります。この言葉がないと後の和歌における掛詞が生きてこないのでカッコ書きで入れておきました。

宇治拾遺物語 9-6 歌詠(よ)みて罪を許さるる事|原文・現代語訳・解説・朗読

桜島忠信はあの「桜島」の由来?

本話の主人公である桜島忠信は、売官が横行していることを批判した文書(落書)を書いたことから大隅守に任命されました。大隅は鹿児島の西です。鹿児島といえば桜島。彼が大隅守になったことが「桜島」の名の由来ではないかとも言われています(諸説あります)。
以下、落書の全文です。忠信の清廉潔白な人柄や、売官が横行していた当時の様子が読み取れる資料です。なお、訳は分かりやすさ優先で推測される人名などを補足して意訳してます。

桜島忠信落書(全文)

今春詔勅多哀楽 今春の詔勅は哀楽多く
半盡開眉半叩頭 半は盡く眉を開き、半は頭を叩く。
官爵専非功課賞 官爵専ら功課の賞に非ず、
公私寄致贖労求 公私寄せて贖労の求を致す。
除書久待貢書致  除書の久しきは貢書の致るを待ち、
直物遅期献物収 直物の遅きは、献物の収まるを期せばなり。
右大閤賢帰衆望 右大閤の賢は衆望に帰し、
左丞相佞損皇猷 左丞相の佞は皇猷を損なふ。
初逢魚水恩波濁 初め魚の水に逢ひて恩波濁り、
共見駿河感涙流 共に駿河を見て感涙流る。
不動和風櫻獨冷 和風に動かずして、櫻は獨り冷え、
被霑暖露橘先抽 暖露に霑らされて、橘先づ抽づ。
内臣貪欲世間歎 内臣は貪欲にして世間は歎き、
外吏沈淪天下愁 外吏は沈淪して天下は愁ふ。
招集金銀千萬両 金銀千萬両を招び集へて、
沽亡山海十二州 山海十二州を沽り亡ふ。

(現代語訳)

今年の春のみことのりは哀楽が多く、半分は安心し、半分は頭を抱えた。
官位は仕事の出来具合によって判断されず、
人々は財物を納めて官位を求めている。
官職の任命書の次は献上物の一覧書を待ち、
官職の補任が遅いのは、賄賂を期待するからである。
右大臣菅原道真の賢政は民衆に望まれ、
左大臣藤原時平の威嚇は天皇の政を損なっている。
君臣の深い交わりにより皇恩は長く続かないと、
橘氏と駿河国に任ぜられた時は、涙を流した。
春風は吹かず、桜島忠信は一人冷遇され、
賄賂でぬくぬくと、橘氏は抜擢される。
中央官吏は貪欲で世間を欺き、
地方官吏は落ちぶれて天下は嘆く。
お金ばかりを中央に集め、
日本全国を売り滅ぶ。

桜島忠信の落書考察

桜島忠信の落書についてはこちらのブログを参考にしました

『鹿児島はなぜ鹿児島と言う⑤』
○今回は、櫻島忠信について述べてみたい。櫻島忠信は「本朝文粋」・古事談・宇治拾遺物語・拾遺和歌集などに、その記載があると言う。○十一世紀中期に成立したと言う「…
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【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ③』(小学館)

この話をさらに読みやすく現代小説訳したものはこちら

現代小説訳「今昔物語」【当意即妙の詠歌&桜島の名の由来となる人物】巻二十四第五十五 大隅の郡司和歌を詠んで許さるること 現代小説訳 24-55|好転する兎@古典の世界をくるくる遊ぶ
 今も昔も、職務怠慢は厳しく罰せられるものでございます。が、その叱責の場において当意即妙に応えることで上司の心もすいっと変わることもございましょう。  忠信は自分の頭を軽くたたいた。困ったときの癖である。目の前には地方郡司である老人がもじもじと座っている。大隅守である忠信を前にして、背筋を伸ばすとか、座を正すとか、そ...

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