巻二十六第八話③ 返り討ちにあった猿神(生贄になった男③)

巻二十六

より続く)

巻26第8話 飛騨国猿神止生贄語 第八

祭の七日前になりました。この家は注連(しめなわ)をめぐらせました。男にも精進潔斎させました。村の他の家々も注連を引き、慎しんでいました。妻は、「夫とともにいられるのは、あと何日か」と数えて泣き入りましたが、夫は慰めつつ動じないので、妻はすこし気が晴れました。

やがて、その日になりました。男に沐浴させ、正しい装束を着せ、髪をととのえ、鬢(びん)をきれいになでつけました。部屋には使者が幾度となく来て、「遅い、遅い」とせきたてました。男は舅と共に馬に乗って行きました。妻は物も言わず、衣をかぶって泣き伏していました。

男が行き着いて見ると、山の中に大きな宝倉(ほくら、神殿)がありました。瑞籬がものものしく、広くめぐらせてありました。その前に多くの饗膳が並べられ、数え切れないほどたくさんの人が並んでいました。男はその中の高い座にあって、人々に食をすすめました。周囲の人たちはみな食べたり飲んだりして、舞い遊びました。その後、男が呼び出され、裸にされ、もとどりをほどかれました。
「絶対に動くな。しゃべるな」
男はそう言いふくめられ、まな板の上に寝転びました。まな板の四つの角には榊が立てられ、注連と木綿(ゆう)がかけられました。まな板はかつがれ、先払い(道を清める)して、瑞籬の内に入れられました。やがて、瑞籬の戸が閉じられ、人が一人もいなくなりました。男は足を延ばした股の間に刀をはさんで隠し持っていました。

一の宝倉と呼ばれる宝倉の扉が、誰もふれていないのに音をたてて開きました。男はそれまでなんの恐怖も感じていませんでしたが、そのときは身の毛がよだつように思いました。続いて、他の宝倉の扉が、次々に開いていきました。そのとき、人ほどの大きさの猿が、宝倉のわきに現れて、一の宝倉に向かって鳴きました。すると、一の宝倉の簾を開いて出る者がありました。見れば、これも同じ猿でした。歯は銀を並べたようで、他の猿よりすこし大きいようでした。
「これもやはり猿だ」
心安くなりました。

やがて、同じように宝倉から次々に猿が出てきて並びました。あのはじめの宝倉の猿が一の宝倉の猿に向かいました。一の宝倉の猿が鳴き声をあげると、この猿が生贄の男の方に歩み寄ってきて、置いてある箸と刀を取って、生贄を切りきざもうとしました。生贄の男は股にはさんだ刀を取り、にわかに起きあがって、一の宝倉の猿に襲いかかりました。猿はあわててのけぞり、倒れました。男はそのまま猿に押しかかり、刀を突き立てたまま言いました。
「おまえが神か」
猿は両手をあわせました。他の猿はこれを見て逃げ去り、木に走り登って、鳴きあいました。

男は傍らにあった葛(かずら)を使って猿を縛り、柱に結びつけ、刀を腹に突き立てたまま言いました。
「おまえは猿ではないか。神といつわって生贄を求め、毎年人を食うのは、ひどいことではないか。第二、第三の御子の猿(一の宝倉の猿に続く者)を召し出せ。そうでなければ突き殺すぞ。神ならば、刀も立たないだろう。腹に突き立てて試してみようか」
腹をえぐる仕草をすると、猿は叫び声をあげました。
「さあ、第二、第三の御子の猿を早く連れてこい」
猿の喚び声にこたえて、第二、第三の猿が出てきました。
「おれを切ろうとした猿をつれてこい」
一の猿は鳴き声をあげ、その猿が出て来ました。その猿に命じて葛を持ってこさせ、第二、第三の御子の猿を縛りつけました。その猿も縛って言いました。
「おまえはおれを切ろうとしたが、従うならば命は断たぬ。今日より後、事情を知らぬ人にたいして、祟りを成し、よからぬ事をしようとしたならば、そのときには命を断つぞ」
瑞籬の内から猿を引き出し、木の根元に結わえつけました。

人が供した食物に使った火が残っていたのをとって、宝倉に放ちました。この社と郷の家々は遠くはなれていたので、社がこのようなことになっていることは誰も知りませんでした。火が高く燃え上がっているのを見て、郷の者たちは「これは何が起こったのだろう」と怪しみ騒ぎましたが、もとより祭の後三日は、家の門を閉めて籠もり、誰も家の外に出ることはなかったので、騒ぎ迷いはあったものの、あえてそれを見ようという人もありませんでした。

に続く)

【原文】

巻26第8話 飛騨国猿神止生贄語 第八
今昔物語集 巻26第8話 飛騨国猿神止生贄語 第八 今昔、仏の道を行ひ行(ある)く僧有けり。何くとも無く行ひ行ける程に、飛騨国まで行にけり。 而る間、山深く入て、道に迷にければ、出づべき方も思えざりけるに、道と思しくて、木の葉の散積たりけるうへを分行けるに、道の末も無て、大なる滝の、簾を懸たる様に、高く広くて落た...

【翻訳】 草野真一

巻二十六第七話 生贄を食らう猿神の話
巻26第7話 美作国神依猟師謀止生贄語 第七 今は昔、美作国(岡山県)に中参と高野という神がありました。中参は猿、高野は蛇のすがたをしていました。 毎年、これを祭るために、生贄を備えました。その生贄には、国人の娘で、未だ嫁が...
巻二十六
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