巻二十六第五話② 継母の陰謀(埋められた児の話②)

巻二十六

巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五

より続く)

夫はこれを聞くと、鼻で笑って言いました。
「おまえは、さも難しいところであり、大事なことであるように言うなあ。私にまかせておけ。御前(継母)さえ許していただければ、誰がしたという証拠は残らない。私が児を始末しよう。そうなると、あの莫大な財はどうなるのだろう」
「まさにそこです。御前も気になさっています」
夫が「御前にお伝えしろ」と言うと、妻は「申します」と答えました。

翌朝はやく、二人ならんで継母のもとに参上しました。何か言いたげなのを見ると、もともと自分からそう仕向けたことなので、急ぎの用件と察知し、人気のない方に呼び寄せて、世間話でもするようにしました。男はまるで自分で思いついたように言いました。
「ふだんお仕えしているときですら、かわいがっていただき、かぎりなくかたじけなく思っておりました。この女人(妻)もお世話いただき、なにか御前の役に立つようなことを考えて申し上げたいと思っていました。もし、児がいなかったなら、姫君の為にはよいのではないか。そう思いつきましたので、もしお許しをいただけるのであれば、今日は人目もすくないので、ご提案できると思います。いかがでしょうか」
継母は「こうまで考えてくれるとは思いませんでした。頼り甲斐のあることです」と言って、男の肩に上衣を脱いでかけました(ほうびとして与えた)。
「では、うまくやっておくれ。どのように行うのですか」
「思案をかさねて実行するのです。失敗することはございません」
男はそう言って立ち上がりました。

継母は大いに喜びましたが、同時に胸騒ぎがしていました。男が出て行くと同時に、遊ぶ友達がなかったのでしょうか、小弓(玩具の弓)や胡?(やなぐい)をたずさえた児がやってきました。
男が平伏していると、児は走り寄って来て、いつもの友達について聞きました。
「某丸(なにがしまる、友の名)が来なかったかい」
男は答えました。
「親御さんといっしょに遠くへ出かけたと聞いています。どうしてそんなにさみしく、ひとりで歩いているのですか」
「友達を探しているうちに、ひとりになっちゃったんだよ」
「ならば私とともにおいでください。伯父さんのところに行きましょう」
児は無心にうなづいて、「お母さんに伝えてくる」と言いました。男は「人に聞かれないよう、密(みそか)に行動ください」と伝えました。

児が喜んで走って行く後姿は、髪がたわたわとしてとてもかわいく思えました。不憫に思いましたが、継母に期待されていると考え、木石の心(非情)になり、馬に鞍を置いて、ひいていきました。男は思いました。
「この児に、刀を突きたてたり、箭(矢)を射って殺すのは忍びない。ただ、野に連れていって、埋めてしまうことにしよう」
弓を手に取り、従者も引き連れず、白馬をひいて待っていると、児は、小さな胡?を背負って走ってきました。
「母様は『早く行け』と言ったぞ」
そう言いながら馬に乗りました。

伯父の家は、五町(約550メートル)ばかり離れたところにありましたが、誰にも見られずに四、五十町(約4300~5500メートル)ほど行き、野に入ることができました。あらぬ方に向かいましたから、児は言いました。
「どういうことだ。これはいつも通っている道ではないぞ」
「これも同じ道ですよ」
そこから二、三十町ばかり入ってから言いました。
「しばらく留まります。ここに薯蕷(やまいも)があるのです。掘ってみせましょう」

児は心細くなって言いました。
「なぜ薯蕷を掘るんだ。早く行ってくれ」
そう言う顔の、かわいらしいのを見て、男も心が揺らぎました。
「ああ、どうしたらよいだろう。奥様を大事に思っているが、この児もまったく無縁ではない。いなくなったら、介殿はどれほど悲しむだろう」
空恐しく思いましたが、木石の心を発して掘りました。
児は暑預を掘っていると信じ、「暑預、暑預はどこにあるか」と言ってはしゃいでいます。その様子を見て、「この人に仕えていたならば、悲しさに堪えられないだろう」と考え、涙が出てきました。「心弱くあってはならない」と念じ、目を塞いで児を穴に落としました。顔をそむけて衣をはぎ、穴に押入れました。
「なんてひどいことをするんだ! 私を殺してしまおうという魂胆だったのだな」
男は黙らせるために、ひたすら土を入れて、踏み固めましたが、心が迷っていたために、よく踏み固めずに、その場を立ち去りました。

その後、男は何もなかったようにしていましたが、継母は児が自分の首に抱きついて、「今から伯父さんのところに行く」と言ったときの顔つき、面影が浮かんで、「私は何に狂ってこんなことを思いついたのだろう。実の母がない子なのだから、私は優しくしていれば、きっと大事にしてくれたにちがいない。私も女子があるばかりで男子はないのだ。もしこのことが明らかになったなら、私の道は絶え、女子にも大きな影響があるだろう。男は幼稚であさはかだから、なにかすこしでも予定にないことが起これば、簡単にしゃべってしまうだろう」
児を取り返したいと思ったが、殺してしまったのですから、どうしようもありません。うしろめたく思いながら、塗籠(納戸)に籠もって泣いていました。

に続く)

【原文】

巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五
今昔物語集 巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五 今昔、陸奥の国に勢徳有る兄弟有けり。兄は弟よりは何事も事の外に増(まさり)てぞ有ける。国の介にて政を取行ひければ、国の庁(た)ちに常に有て、家に居たる事は希にぞ有ける。家は館より百町許去(のき)てぞ有ける。字をば「大夫の介」となむ云ける。

【翻訳】 草野真一

巻二十六
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今昔物語集 現代語訳

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