巻二十六第五話③ 児の発見と蘇生(埋められた児の話③)

巻二十六

巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五

より続く)

かの伯父は、急に児の顔を見たくなって、恋しく思いました。従者たちはみな出払っていて、呼ぶことができませんでした。それでも恋しく思ったので、舎人男が一人あったのに命じて、「馬に鞍を置け」と言いました。胡?を背負い、急ぎ馬を走らせて行くと、草の中よりウサギが走り出ました。急いでいたはずなのに、このウサギを見ると、恋しかった気持ちもすっかり忘れ、箭(矢)をつがえて射るよりほかのことは考えられなくなりました。馬を野の中に走らせ、深く入っていったのですが、数度射たものの、ウサギを仕留めることはできませんでした。ふだんはこんなことはないはずなのに、ウサギを逃してしまったのです。
「ひどい失態だな」と考え、「せめて箭だけでも拾っていこう」と、馬をゆっくり走らせて行くと、犬かなにかでしょうか、うめくような声が聞こえます。
「何の声だ。ひょっとすると病人が苦しんでいるのかもしれない」
そう思って見回すのですが、そのような者はありません。おかしいなと思ってよく聞いてみると、声は地上からではなく、こもったように地の底から聞こえてくるのです。

舎人男が箭を探してきました。この声の正体を見きわめようと、舎人男に問いました。
「このうめく声はなんだ」
「なんの声でしょう」
舎人男があたりを走り回るうち、今、土をかけて埋めたと思しきところがあります。
「ここにあやしいところがあります。声はここから聞こえてきます」
主人が近寄って聞くと、たしかにそこから聞こえます。
「誰かが死人などを埋めたのだ。それが生き返ってうめくのだろう。どうあれ、人の声だ。掘り出してみなさい」
「気味が悪いです」
「そんなことを言うな。人を助けるのはたいへんな功徳になる」
馬より下り、土を掘ってみると、たった今あわてて埋めたためでしょう、そのあたりはかなりやわらかいのです。主人は弓で、舎人男は手で堀りつづけると、うめく声は近くなりました。
「やはりそうか」
急いで掘っていくと、しっかり埋めていないので、透けるようで、うめき声がさらに大きくなりました。大きな菜・草・榑(枝)でふさいでありましたが、これを取り除くと、幼児が裸にされて埋められていました。

「かわいそうに」
そう言いながら引き上げてみると、会いたいと思ってやってきた甥でした。目の前が暗くなり心も迷い、「これはどうしたことだ」とかきよせてみると、身はまったく冷え、乾いています。胸のあたりはすこし暖かいようでした。
「まず口に水をふくませねばならない」
ひろびろとした野中ですから、水はありません。舎人男に、「水を探してこい」と命じるとともに、みずからは装束を解き、児を懐中に抱いて、膚にあてました。
「仏よ、助けてください。この児を生かしてください」
あふれる涙をぬぐいながら、児の顔を見ると、唇の色はなくなって、眠っているように見えます。
やがて、強く抱いて仏を念じた験でしょうか、唇の色がすこし差してきたように見えました。ようやく舎人男が帷(かたびら/裏地のない衣服)を脱いで水をひたして、息も絶え絶えに走ってきました。それを受け取り、児の口にしぼり入れると、すこし水が入ったように思えました。仏を念じたためでしょうか、さらに水をしぼってやると、すこしなめたように思えます。
「のどは、うるおっただろう」
そう思いながら抱きしめてみると、肌もあたたまったように感じました。

「助かるのではないか」と思うと、うれしくて仕方がありません。心を静めて見ると、児は目を細く開きました。たとえようもなくうれしく思いました。帷の汁はきたなく思えましたが、ほかに水を得る手段はありません。さらに水をしぼり入れると、よく呑み込んで、ついに目から涙を流しました。
「生き返ったのだ」
いっそう深い祈りをささげたためでしょうか、完全に蘇生しました。座らせると息もたえだえで苦しそうでしたが、日が暮れてしまうので、なんとか馬に乗せ、抱きかかえるようにして、子どもをいたわってゆっくり行くと、暗くなるころに伯父の家に帰り着きました。

誰にも会わないように、人目につかない方から入って、舎人男の口止めをして、自分の部屋に入りました。妻は「何があったのですか」と言って入って来ましたが、この児があるのを見て言いました。
「これはどういうことですか。なぜこんなに具合が悪そうなのですか」
「まったくとんでもないことをするものだ。今ここにこの児があるのはこういう理由だ」
とつぜん思い立って出立したことから、順序だててくわしく語りました。
妻は児に、
「いったい何があったのですか」
と問うのですが、だるそうに見上げるばかりで、何も言いません。
「そのうち、元に戻ったら言うだろう」
しばらくは人に知らせず、夫婦だけで看病しました。

夜には回復し、火を灯(とも)して粥などを食べられるようになったので安心していると、夜中すぎに児は驚き起き、「これはどうしたことです」と叫びました。
気づいたのだろうと考え、叔父は問いかけました。
「ここは私の家だ。いったい、何があったのだ」
児は問います。
「お父さんは」
「お父さんはまだこのことを知らない。国府にいらっしゃるのだろう」
「お知らせしなくては」
「今、お知らせするよ。それにしても、何があったのだ。誰がやったのか覚えているのか。最初に聞いておきたい」
「わかりません。よく覚えていません。しかし、某丸という男が、『伯父さんの家に行きましょう』と言ったので、母に告げました。その男を共にして行くと、男は途中で『薯蕷(やまいも)だ』と言って穴を掘り、私を突き落としたのです。そこまでは記憶していますが、後はまったく覚えていません」
「その男が仕組んだことではない。裏に計画を練った者がある。継母の謀(はかりごと)にちがいない」

に続く)

【原文】

巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五
今昔物語集 巻26第5話 陸奥国府官大夫介子語 第五 今昔、陸奥の国に勢徳有る兄弟有けり。兄は弟よりは何事も事の外に増(まさり)てぞ有ける。国の介にて政を取行ひければ、国の庁(た)ちに常に有て、家に居たる事は希にぞ有ける。家は館より百町許去(のき)てぞ有ける。字をば「大夫の介」となむ云ける。

【翻訳】 草野真一

巻二十六
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今昔物語集 現代語訳

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