巻十七第十六話 流刑の島で地蔵をあがめた聖人の話

巻十七

巻17第16話 伊豆国大島郡建地蔵寺語 第十六

今は昔、伊豆の国大島の郡(東京都大島町)に、鳥獣もおとずれることのない絶海の孤島がありました。これ以上の悪所はないといえる辺地です。その島の西南に、たいへん霊験に満ちた土地がありました。昔、役の優婆塞(えんのうばそく、役行者)がこの島に流されたとき、ときどき飛んで来て、勤行されたところです。

伊豆大島

嵯峨天皇の御代、この地に一人の修行僧があらわれました。名を蔵海といいました。この地(山)を開いた人です。山のかたちは奇怪で、神霊のすみかであり、仙人の窟(いわや)のようなところでした。常に神女が来て、遊ぶ庭でもありました。

蔵海はこの山の上に寺を建立しました。名を地蔵寺といいます。堂の内に等身大の地蔵菩薩像を安置しました。その霊験はたいへんあらたかきらかで、国の人が礼拝して願いごとをすると、ひとつとしてかなわぬものはありませんでした。まるで本当の地蔵菩薩のようでした。地蔵菩薩の本誓悲願は、辺地や下賤を嫌うことはないことが明らかになりました。

蔵海の修行の方法は、ほかの人がするやり方とちがっていました。どんなときも途切れることなく地蔵の名をとなえ続けるのです。身には地蔵の像を背負い、片時も離すことはありませんでした。

やがて、蔵海は百歳になり、命終えようとしていました。西に向かって端座して、掌を合せて入滅しました。室内にはよい香りが満ち、庵を妙なる光が照らし、空には音楽がきこえ、紫の雲が西をさしてたなびきました。これを見る者聞く者は、みな涙を流して貴び、合掌して礼しました。

人々は、蔵海聖人を「地蔵菩薩が衆生を利益するために変化し、あらわれたのではないか」と考えました。

末世に生きる人は、ひたすらに地蔵菩薩に仕えるべきである。そう語り伝えられています。

【原文】

巻17第16話 伊豆国大島郡建地蔵寺語 第十六
今昔物語集 巻17第16話 伊豆国大島郡建地蔵寺語 第十六 今昔、伊豆の国大島の郡に、海の岸遥に絶て、鳥獣も通ひ難き島有り。極て悪き辺地也。其の島の西南の方に一勝地有り。昔、役の優婆塞の此の国に流されたりける時に、時々飛び来て、勤め行ひ給ける所也。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

伊豆と名がついているが、伊豆大島の行政区分は東京都である。都心から日帰りできる島として人気が高いが、かつては流刑の島だった。
火山島であり、幾度となく火山の噴火が起こったと記録にある。もっとも新しい噴火は1990年のものである。

1986年の三原山噴火

火山によってつくられたこの島の景観は、本土のそれとは大きく異なる。この話は、それを反映したものと見ることも可能だろう。

話の序盤でふれられた役行者(役小角)は、修験道の開祖とされ、鬼をしたがえていたとか空を飛んだとか、信じがたいような伝説がとても多い人だ(この話にも彼が「飛んだ」と記載されている)。
ただし、伊豆大島に流刑になったのは史実とされている。人々をまどわしていると批判を受けたためらしい。

葛飾北斎『北斎漫画』より、前鬼・後鬼を従えた役小角

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