巻17第3話 地蔵菩薩変小僧形受箭語 第三
今は昔、近江の国(滋賀県)依智の郡賀野の村に、ふるい寺がありました。本尊は地蔵菩薩です。検非違使左衛門の尉(検察官のような役職、源義経と同じ)平諸道の先祖の氏寺でした。諸道の父は、勇猛な武士として名高く、合戦を仕事としていました。
敵を責めて討とうとして、多くの兵をしたがえて戦っていたとき、すべての矢を射ち尽くしてしまいました。観念するとともに、心の中で祈りました。
「氏寺の三宝(仏法僧)よ、地蔵菩薩よ、我を助け給え」
すると、にわかに一人の小僧が戦場に現れて、矢を拾い、諸道の父にわたしました。此れ思いのほかのできごとに驚きつつも、手渡された矢で戦いました。見ると、小僧の背に、矢が突き立っています。
その後、小僧はたちまちに見えなくなりました。
「逃げたのだろう」
と考え、諸道の父は矢を討ち、敵を倒し勝利して家に帰りました。
矢を拾ってくれた小僧は誰の家来なのか、どこからやってきたのか、あちこち尋ねてまわりましたが、知る人はありませんでした。
「私に矢を拾ってくれたために、背に矢を受けたのだ。死んだのかもしれない」
とても哀しく、いとおしく思いましたが、ついに小僧の素性はわかりませんでした。
その後、諸道の父は氏寺に詣でました。本尊の地蔵菩薩を見ると、背に矢が突き刺さっています。諸道が父はこれを見て、
「戦場で矢を拾い、私を助けてくれた小僧は、この地蔵菩薩だったのだ。地蔵が私を助けようとして、変化し給うたのだ」
とてもありがたく、哀しく思い、泣く泣く何度も礼拝しました。
上中下のあらゆる位の人が、これを聞き、泣き悲しんで貴ばぬものはありませんでした。
地蔵菩薩は、衆生を利するために人中に現れ、念じる人のために、毒の矢を受けるといいます。後世のことも、心をこめて念じたならば、その利益は疑いのないことだと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】
草野真一
【校正】
草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
草野真一
この地蔵は矢取地蔵と呼ばれ、この話もいくつかヴァリエーションがある。背に矢を受けた地蔵像も現存するものがあるが、件の寺は今はなく、遺跡が残っている。
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