巻17第47話 生江世経仕吉祥天女得富語 第四十七
今は昔、越前の国(福井県)に生江世経という人がありました。加賀(石川県)の掾(第三等官)でした。はじめはとても貧しく、食べることさえ難しいほどであったのに、とくに吉祥天女にねんごろに仕えたことによって、富人となり、飽き満ちるほどの財を得ることになりました。
貧しかったとき、食べるものもなったので、願いを申し上げました。
「憑奉る(つねづね信仰している)吉祥天女よ、私を助けてください」
すると、使用人がやってきて告げました。
「門にたいへん端正な女性がきています。ご主人に話したいことがあると言っています」
誰だろうと思って出てみると、とても美麗な女性が、一杯の飯を持っていました。
「餓えていると聞きました。これを食べなさい」
世経は喜んでこれを受け取り、すこし食べました。それだけで満たされ、二、三日経っても、腹がすくことはありませんでした。
この飯をすこしずつ食していましたが、ついになくなりました。どうしようかと考え、前と同じように吉祥天女を念じました。使用人が告げました。
「以前と同じように言いたいことがあるといって、門に女性が来ています」
世経が前と同じように喜びあわてて出て見ると、前と同じ女性がおりました。
「あなたをかわいそうだと思います。どうしようかと考えましたが、今度は下文(行政の命令書。この場合は吉祥天が下したもの)を与えます」
文をを見ると、「米三斗(約54リットル)」とありました。これを給わって世経はたずねました。
「これはどこに行って受け取るべきでしょうか」
「ここから北にある峠を越えると、中に高い峰があります。その峰に登り、『修陀々々(しゅだしゅだ)』と呼ぶと、答えて出て来る者があります。その者から受け取りなさい」
世経が教えられたとおりに行くと、実に高い峰がありました。その峰の上に登り立って、女人が言ったとおり「修陀々々」ととなえると、高く怖ろし気な声で答えて出て来る者がありました、額に角が一本生えていて、一つ目の、赤い衣を着た鬼が世経の前にひざまずきました。かぎりなく怖ろしく思いました。
我慢して言いました。
「御下文を得た。この米を得たい」
「承知しております」
下文をとって見て言いました。
「下文には三斗とありますが、一斗(約18リットル)を与えるよううかがっています」
米一斗を袋に入れてにわたしました。世経はこれを得て家に帰りました。
その後、この米を取ってみました。取ったぶんだけ袋に米が満ち、取れども取れども尽きません。やがて千万石になりましたが、一斗の米はまったく失われませんでした。世経はほどなくして富豪になりました。
あるとき、その国の守(国司)がこの話を聞いて言いました。
「おまえのところに、しかじかの袋があるだろう。それをすみやかに私に売れ」
国内にあって、守(国司)にさからうことはできません。袋は守に与えました。
守は袋を得て喜んで、代価として米百万石を世経に与えました。一斗の米を取ると、守のもとでも同じように取っただけの米が満ち、尽きることがありません。
守は「これはすばらしい宝物を得た」と思って持っておりました。ところが、百石取ったところで、米はまったく出なくなりました。守は思ったとおりにいかず、とてもくやしく思いましたが、どうすることもできず、袋を世経に返しました。
世経がこれを家に置いたとたん、また以前のように米があふれ出てきました。世経はかぎりなき富人となって、多くの財に飽き満ちて暮らしました。
守はたいへん愚かです。世経が吉祥天女に仕えて得た物を、なんの信仰もなく押取して、どうしてずっと持ち続けることができるでしょうか。
誠の心を至して仏天に仕える人は、このようになると語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
吉祥天女シリーズ最終話。
『宇治拾遺物語』にも同じ話がある(毘沙門天)。
挿絵は特撮黎明期のハリウッド映画。RCサクセションがカバーアートに使ってた。話にこいつ出てくるんだよ。
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