巻17第28話 京住女人依地蔵助得活語 第廿八
今は昔、京の太刀帯(たちはき)町のあたりに住んでいる女性がありました。もとは東国の人です。縁あって京に上り、住んでいました。
その女人は善心があって、月の二十四日(地蔵の縁日)に六波羅蜜寺の地蔵講に参って聴聞しました。地蔵の誓願が説かれたのを聞いて心を発し、貴び悲しんで、泣く泣く家に帰りました。その後、「地蔵菩薩の像を造り奉ろう」と思う心が深く、衣を脱いで仏師に与え、一榤(ちゃく)手半(仏像の寸法を表す単位。約八寸、約250センチ)の地蔵像をつくりました。
ところが、未だ開眼供養もしないうちに、女は病を受け、毎日苦しみ煩い、ついに死にました。子たちは傍らに居て、泣き悲しんでいましたが、三時(約六時間)ほどたって、生き返りました。
女は目を見開き、子たちに語りました。
「私はひとりで広い野を歩いていました。道に迷い、どこに行くかもわかりませんでした。すると、冠をつけた官人が一人あらわれ、私を捕らえました。そのとき、端正な一人の小僧があらわれました。小僧は言いました。
『この女は私の母である。すみやかに免し、解放しなさい』
官人はこれを聞くと、一巻の書を取り出して、私に向かって言いました。
『おまえには二つの罪がある。早くその罪を懺悔しなさい。二つの罪とは、ひとつは男婬の罪である。泥塔(でいとう)をつくって供養しなさい。二つめは、講に参って法を聞くとき、聞き終わらずに退席したことである。懺悔しなさい』
そう語って放免してくれました。
小僧は言いました。
『おまえは私が誰かわかるか』
私は知らないと答えると、小僧は言いました。
『私はおまえがつくっていた地蔵菩薩である。おまえは私の像をつくった。だから私はおまえを助けるのだ。すみやかにもとの国に帰りなさい』
小僧は道を教え、帰してくれました」
女はその後、雲林院の僧に話し、泥塔をつくって供養し、懺悔を行いました。また、地蔵菩薩をねんごろに礼拝供養したと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
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