巻二第七話 縛られ監禁された女奴隷が天に生まれた話

巻二(全)

巻2第7話 婢依迦旃延教化生天報恩語 第七

今は昔、天竺の阿般提国(あはんだいこく)に長者がありました。大いに富んで、財をたくわえていましたむさぼる心を持っていて、慈悲がありませんでした。

長者の家に、一人の婢(奴隷女)がありました。小さなミスがあったため、長者は彼女を縛り、倉にとじこめて、衣服を着させず、食べ物を与えず、わずかの水を与えて放置しました。婢は声をあげて泣きました。

そのとき、迦旃延(かせんねん、仏弟子マハーカーティヤーヤナ)は、その国に住んでいました。泣く声を聞き、婢のところに赴きました。
「おまえは貧しいという。どうして貧を売らないのか」
婢は答えました。
「誰が貧を買うでしょうか。貧が売れるなら、売りたいと思っています。どうしたら売れますか」
「もし貧を売ろうと思うなら、施(布施)をおこないなさい。それが貧を売るということだ」
「私は貧しく、衣服も食事もありません、あるのはわずかな水ばかりです。主人が許してくれたのはこれだけでした。これを施としたいのですが、いかがでしょうか」
「すみやかにそれを施しなさい」
婢は「尊者の言にしたがいましょう」と答え、鉢に入った水を、尊者の鉢に移し入れました。

迦旃延像(興福寺、国宝 奈良時代)

尊者は水を受け、婢のために呪願して、戒を授けたのち、仏を念じることを勧めました。そして。婢に問いました。
「おまえはどんなところに宿しているか」
「私は煮炊きするところに宿しています。糞の所(便所)のこともあります」
「主人が休むのを待って、ひそかに寝室の扉を開き入り、草を敷いて座り、仏を観じなさい。悪念を抱いてはならない」

婢は夜になると、尊者に教えられたとおりに主人の部屋に入り、草をひいて座り、仏を観じ、悪心を起こさずに死にました。すぐさま忉利天に生まれました。

長者は朝になると、寝室に婢が死んでいるのを見つけました。大いに怒り、人に命じて縄で婢の足をしばり、寒林の中に棄てました。天に生まれた婢は、天眼をもって、自分の旧い身が寒林に捨てられるのを見ました。すぐに五百の天子をひきつれ、香をたき、花を散じて、遺体を供養しました。さらに、光明を放って、林を照らしました。長者をふくめ、遠くの人も近くの人も林に至り、これを見ました。
長者は問いました。
「なぜ婢の遺体を供養するのか」
天子になった婢は答えます。
「これは私の旧い体です」
天に生れた本縁を語りました。長者はこれを聞いて、「不思議なことだ」と思いました。

天子はその後、迦旃延のところに行き、香をたき、花を散じて供養して、恩がえしをしました。尊者は天人たちのために法を説きました。五百の天子はみな須陀洹果(しゅだおんか)を得て(聖人となって)、天上に帰ったと語り伝えられています。

『ローマの奴隷販売』ジャン=レオン・ジェローム 1884年 エルミタージュ美術館

【原文】

巻2第7話 婢依迦旃延教化生天報恩語 第(七)
今昔物語集 巻2第7話 婢依迦旃延教化生天報恩語 第(七) 今昔、天竺の阿般提国に一人の長者有けり。家、大に富て財多し。而るに、其の人、慳貪深くして慈悲無し。 其の家に一人の婢有り。少(いささか)の過有て、長者、此れを打ち縛りて、倉に籠て、衣を着せしめず、食を与へずして、僅に少の水許を与へて置たり。婢、悲て、音を...

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

監禁され、水だけを与えられて放置される。おそらくは餓死だろう。それを幸福なこととして描いたばかりでなく悪人に一切のおとがめなし。やはりインドの話はぶっとんでいる。
法苑珠林』より得た話。

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