巻二十三第二十一話 大学の学生、相撲人を投げ飛ばす

巻二十三

巻23第21話 大学衆試相撲人成村語 第(廿一)

今は昔、陸奥国(むつのくに・東北地方)に真髪成村(まかみのなりむら)という老いた相撲人(すまいびと・相撲取り)がいました。
真髪為村(まかみのためむら)の父で、今いる経則(つねのり)の祖父にあたります。

その成村が、相撲の節会(すまいのせちえ・七月の宮中行事で、天覧相撲)が行われたある年、諸国の相撲人たちが京に集まって来て、節会の日を待っている間のある日、朱雀門(すざくもん・宮城南面中央にある正門)に涼みに行きました。
皆と一緒に宿所に帰ろうとぶらぶら歩きながら、二条大路を東に行き、美福門の所から南に向かって列をなして進んで行くうち、大学寮の東門の前を通り過ぎようとすると、大学の学生(がくしょう)たちが大勢、門のあたりに立って涼んでいました。
その前を通って行く相撲人たちは皆、水干(すいかん)装束で、その襟元はあけっぱなし、烏帽子も押し入れて被った、だらしない格好のまま、ぞろぞろがやがや通り過ぎようとします。
学生たちは心穏やかならず、これを通すわけにはいかないと、
「やかましい。静かにしろ」
と叫んで道の真ん中に立ちふさがり、通そうとしません。

水干(時代祭)

なにせ、こんな偉い所(大学寮は官吏養成機関)の学生たちのすることだから、押し破って通ることもできないでいると、この学生の中で、背が低く、冠・上衣が他の者よりいくぶん良いものを着た男がいて、それが特に前に進み出て、邪魔をしています。
この成村は、それをじっと見ておいて、
「おい、みんな。引き返そう」
と言って、もとの朱雀門に引き返しました。

そこで成村は、相撲人たちを集めて相談しました。
「あの大学の学生の奴らが我らを通さぬというのは、じつにけしからんことだ。強引に通り抜けようとは思ったが、ともあれ今日は通らずに帰ろう。明日来て、必ず通ってやろうと思う。あの中に、背が低く、人一倍大声で『静かにしろ』と言って立ちふさがっていた男がいた。じつに出しゃばりな奴だ。あいつは、明日通るときにも、今日のように邪魔をするに違いない」
こう言って、□□国出身の□□という相撲を指さし、
「あんたは、学生の中でとりわけ邪魔をしていたあの男の尻っぺたを血が出るほど蹴飛ばしてやりなされ」
と成村が言うと、こう言われた相撲人は胸を叩いて、
「この俺が蹴飛ばそうものなら、とても生きてお目に掛かるわけにはゆくまいて。必ず蹴飛ばしてやりますわ」
と言いました。
この相撲人は同輩の中でも特別に強いと評判の男でした。
足も速く、気の荒い男であったので、そのあたりを考えて、成村は言ったのでありましょう。

さて、その日はおのおの自分の宿所に帰りました。
翌日になると、昨日は来なかった相撲人たちもみな集まって来て、非常に人数が増えました。
今日はこんな具合に通ろうと計画していることを、大学の学生連中は覚ったのでしょうか、昨日よりも大人数を繰り出して、[うるさいほど]、
「やかましいぞ。静かにしろ」
と、道に出て叫んでいます。
相撲人たちが群がって、昨日のように前進して来ると、昨日、真っ先に立って邪魔をした学生が、例によって先頭切って道の真ん中に飛び出し、「通させまい」という顔つきをありありと見せました。

そのとき、成村が、「あの尻を蹴飛ばせ」と言っておいた相撲人に急いで目くばせをすると、この相撲人は、人より背が高く大きく、若く血気盛んな男でありましたので、袴の裾を高々とくくり上げ、真っ直ぐに学生に歩み寄ります。
それに続いて、他の相撲人たちがしゃにむに押し通ろうとしたので、学生たちは通すまいと立ち塞がります。
すると、この尻を蹴ろうとする相撲人が、例の学生に走り掛かり、蹴倒そうと足を高く持ち上げました。
それを見はからって、学生がさっと背をかがめ、体をかわしたので、蹴[はずし]て足だけが高く上がり、仰向けざまに引っくり返ろうとするのを、学生はその足を取り、この相撲人を、ちょうど人が細杖でも持つように引っさげて、他の相撲人たち目がけて走り掛かったので、皆、これを見て、走り逃げます。
こうしておいて、この引っさげた相撲人を投げつけると、くるくる回りながら、二、三丈(約6から9メートル)ほど飛んで行って倒れ伏し、体が砕けて起き上がることもできなくなりました。

それを目にもかけず、成村のいる方に走り掛かってきたので、成村がこれを見るに、「思いもよらず力の強い男だな」と思い、呆れ返って、相手の様子をよくうかがいながら逃げ出しましたが、間近に負い迫ったので、成村は朱雀門の方に走り、脇戸から中へ逃げ込みます。
と同時に、(相手が)追いつめて飛び掛かったので、成村は「あっ、つかまる」と思いました。
その瞬間、目の前の土塀を飛び越えました。
「待て」
と(相手が)手を伸ばすと同時に(成村が)飛び越えたので、体には手が掛からず、一瞬遅れて越えた片足のかかとを沓(くつ)を履いたなり捕まれました。
すると、沓のかかとに足の皮をつけたまま、沓もかかとも刀で切ったように、すぱっと切り取られました。
成村は土塀の内側に飛び込んで足を見ると、血がほとばしって止まらず、沓のかかとも切れてなくなっています。

平安宮 朱雀門阯碑(京都市中京区)

成村は、「俺を追ってきた大学の学生は、おっそろしく力の強いやつだな。尻を蹴飛ばそうとした相撲人をもつかんで、人を杖代わりに使うように投げ捨てた。世の中は広いから、こんな男もいる。なんと恐ろしいことよ」と思い、そこからこっそり宿所に帰って行きました。
あの投げられた相撲人は、そのまま気絶していたので、従者たちが来て物に抱え入れ、かついで宿所に持って行きました。
その年は、相撲の取り手には立ちませんでした。

その後、成村は自分の属する方の近衛の中・少将に対して、
「じつは、かようのことがございました」
と語ったところ、中・少将もこれを聞いて驚嘆しました。
成村が言うことに、
「この成村ごときは、とうてい彼の力に太刀打ちできません。あの大学の学生は、昔の名だたる力士に恥じぬ素晴らしい相撲人でございましょう」
と申し上げたので、成村方の中・少将がこのことを天皇に奏上すると、天皇は、
「『たとえ式部丞(しきぶのじょう・式部省の三等官で学生たちの先輩)であっても、相撲の達人を召し出せ』ということがある。まして大学の学生くらいの者を相撲人として召すに何ほどのことがあろう」
と仰せられて、その学生を尋ね捜しましたが、どういうわけなのか、その人が誰であるかは分からず、そのままになってしまいました。

これは実に驚くべきことである、とこう語り伝えているということです。

【原文】

巻23第21話 大学衆試相撲人成村語 第(廿一)
今昔物語集 巻23第21話 大学衆試相撲人成村語 第(廿一) 今昔、陸奥国に真髪の成村と云ふ老の相撲人有けり。真髪の為村が父、此の有る経則が祖父也。 其の成村が、相撲の節有ける年、国々の相撲共上り集て、相撲の節待ける程に、朱雀門に行、冷(すずみ)けるに、各「宿所に返りなむ」とて、遊び行(あるく)に、歩より東様に二...

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【解説】 柳瀬照美

『相撲』というと、現在の大相撲を思い浮かべるが、職業としての相撲は江戸時代から始まる。
もともと相撲は日本古来の神事・祭りであり、同時に武芸・武道でもあった。禁じ手が定められるまで、相撲の古法は「突く・殴る・蹴る」の三手であったということで、現在とはずいぶん違った闘い方だったようだ。

古い説話として、野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の力くらべが『日本書紀』にあり、宿禰は相撲の始祖として祀られている。

野見宿禰と当麻蹶速

『相撲の節会』は、奈良・平安時代の毎年7月、天皇が宮中で相撲を観覧する行事である。
2から3月頃、左右の近衛府から部領使(ことりづかい)を諸国に遣わして、節会が行われる一か月前に相撲人を召し出す。
7月26日に仁寿殿(じじゅうでん)の庭で予行の内取(うちどり)を行い、そのとき相撲人は褌の上に狩衣・袴を着けて取る。
28日(小の月は27日)に本番の左右対抗試合の召合(めしあわせ)があって20番(のちには17番)を取り、翌日は選抜試合の抜出(ぬきいで)・勝ち抜き試合の追相撲を行い、天皇が紫宸殿などでこれを観覧する。

取組はたいへん激しいもので、巻23第25話のように、死者が出ることもあった。

一方、大学寮というのは、式部省に属する官吏養成機関。そこにいる学生は、文官になるために勉強している者たちである。

本話では、その文官の卵の一人に屈強な相撲人たちが蹴散らされたという、当時の人にとっては驚きの展開で、その上、学生の正体がわからなかったというオチがついた不思議話。

〈『今昔物語集』関連説話〉
真髪成村:巻23「相撲人成村常世と勝負する語第二十五」

【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』

【協力】ゆかり・草野真一

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巻二十三
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今昔物語集 現代語訳

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