巻二十四第二十六話 菅原文時、村上天皇から詩の優劣を訊かれ、逃げ出す

巻二十四

巻24第26話 村上天皇与菅原文時作詩給語 第廿六

今は昔、村上天皇は漢詩文をお好みになっておられましたが、あるとき、「宮の鶯、暁に囀(さえず)る」という題で詩をお作りになりました。

 露濃緩語花底(つゆこまやかにしてかんごえんかのそこ)
 月落高歌御柳陰(つきおちてはこうかぎょりゅうのかげ)

(暁、庭前のしとど露けき花に埋もれて鶯がゆったりと鳴き、月傾くや柳の陰に声高く歌っている)

村上天皇像(永平寺蔵)

天皇は、菅原文時(すがわらのふみとき)という文章博士(もんじょうのはかせ・古代の大学で詩文と歴史を教授した教官)をお召しになり、この詩を読み上げさせなさいましたが、文時もまた、同じ題で詩を作りました。

 西楼月落花間曲(せいろうにつきおちてはなのあいだのきょく)
 中殿灯残竹裏声(ちゅうでんにともしびのこってたけうちのこえ)

(暁、月が西楼に傾くや鶯が花の間で歌い、灯火が中殿に明け残るや庭前の竹の中で鳴いている)

菅原文時『前賢故実』より

天皇はこの詩をお聞きになり、「『朕(ちん)の詩は、この題のもとで抜群の出来ばえだ』と思うが、文時の作った詩もまたすばらしいものだ」と仰せられて、文時を近くに召し、御前において、「朕の作った詩について何の偏見もなく公平に批評せよ」と仰せられました。
すると文時は、「御製は、すばらしいものでございます。下の句の七字などは、文時の詩にまさる出来でございます」と、お答えしました。

天皇はこれをお聞きになり、「よもや、さようなことはあるまい。それは世辞と申すものだ。いかようともあれ、明確に申せ」と、仰せられて、蔵人頭□□を召し、「文時がもし、この詩の優劣を明確に申さねば、今後、文時の申すことを朕に奏上してはならぬ」と、仰せ下されるのを文時が聞き、非常に困惑して、「じつを申せば、御製は文時の詩と同等でおわします」と、申し上げました。

天皇が、「それがまことならば、誓言を立てよ」と、仰せられたときに、文時は誓言を立て得ず、「実際は、文時の詩はもう一段すぐれております」と、申すや、逃げて行ってしまいました。

昔の天皇は詩文を好まれること、かくのごとくである――とこう語り伝えているということです。

【原文】

巻24第26話 村上天皇与菅原文時作詩給語 第廿六
今昔物語集 巻24第26話 村上天皇与菅原文時作詩給語 第廿六 今昔、村上天皇、文章を好せ給ける間、「宮の鶯暁に囀る」と云ふ題を以て、詩を作らせ給けり。 露濃緩語園花底 月落高歌御柳陰

【翻訳】
柳瀬照美
【校正】
柳瀬照美・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
柳瀬照美

村上天皇(926-967)は、第62代天皇で、在位は天慶9年(946)から康保4年(967)。第60代醍醐天皇の第14皇子で、生母は藤原基経の娘・中宮穏子。先帝、朱雀天皇の同母弟。
村上天皇の中宮は、藤原師輔の娘・安子。安子との間に、のちの冷泉・円融天皇がいる。
21歳で即位してしばらくは外叔父の藤原忠平が関白を務めた。忠平が死去した後は摂関を置かなかったが、政治の実権は、忠平の子の実頼・師輔にあった。
『後撰和歌集』の編纂を命じ、また、天徳内裏歌合(てんとくだいりうたあわせ)を催し、歌人として、またその庇護者として知られ、琴や琵琶などの楽器に精通していた。その治世は、父帝・醍醐天皇の「延喜の治」と共に、「天暦の治」として、公家政治の理想的な時代とされた。

菅原文時(899-981)は、菅原道真の長男・高視の子。
醍醐天皇の治世、ときの左大臣・藤原時平の謀略によって、道真が大宰府に左遷された昌泰の変の際、(詳しくは巻22第6話の解説にて)長子の高視も父に連座して土佐介に左遷させられた。5年後に赦され、帰京して大学頭に復したが、7年後に38歳で病死する。そのとき、文時は15歳だった。
やがて文時は文章博士から、内記・右中弁・式部大輔などを歴任する。
文章道で名を挙げ、源為憲(みなもとのためのり・漢詩人。説話集『三宝絵詞』の編者)、大江匡衡(おおえのまさひら・文章博士)らの文人がその添削を請うた。
儒学者の慶滋保胤(よししげのやすたね)も門弟で、『袋草子』(ふくろぞうし・平安後期の保元年間に成った藤原清輔による歌論書)には文時が不出来とした詩文の草案を、保胤が絶賛したという話がある。
天暦8年(954)に村上天皇が臣下に政治に関して意見を求めたとき、天徳元年(957)に文時は「意見封事三箇条」を提出している。
最終官位は、従三位。別名、菅三品と称される。
ちなみに、『更級日記』を書いた菅原孝標女は、文時の弟・雅視の子孫。

菅原孝標女の銅像(千葉県市原市、JR五井駅前)

詩文がお好きだった村上天皇と文官で歌人、また文章道に秀でていた文時の間に、この説話のようなユーモラスな出来事があったかもしれない。

〈『今昔物語集』関連説話〉
菅原道真(天神):巻24「天神、御製の詩の読みを人に夢に示し給ひし語第二十八」
慶滋保胤:巻19「内記慶滋保胤出家の語第三」
大江匡衡:巻24「大江匡衡の妻赤染、和歌を読みし語第五十一」巻24「大江匡衡、和琴を和歌に読みし語第五十二」

【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』

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