巻二十七第八話 内裏で起こったバラバラ殺人、手足だけが見つかった話

巻二十七

巻27第8話 於内裏松原鬼成人形噉女語 第八

今は昔、小松(光孝)天皇の御世に、武徳殿の松原を若い女三人が連れ立って内裏へ向かって歩いていました。八月十七日の夜だったので、大変明るい月夜でございました。

光孝天皇

すると、松の木のもとに男が一人出てきました。過ぎようとした三人の女の中の一人を引き込んで、松の木の木陰で女の手を取って話をしておりました。後の二人の女は「すぐに話も終わるだろう」と立って待っていましたが、大分長く女の姿が見えなず、また話し声も聞こえないので、「どうしたことだろう」と不審に思って、二人の女は見に行こうとして木に近寄ってみると、女も男もいませんでした。「これはどこへ行ったのか」と思って、よく見てみると、女の手と足だけがそこに残されているばかりでした。

二人の女はこれを見ると、驚いて走って逃げ、衛門の陣に寄り、陣の人にこの事情を告げると、陣の人は驚き、その場所に行って見ると、死体が散らばっている様子はなく、ただ手足だけが残っていました。その時に人が集まって来て声を上げるさまは大変なものでした。「これは鬼が人の姿になってこの女を喰らったのだろう」と人は言いました。

女はそんな人気のない所で知らない男が呼ばれてもうっかり心を許して行ってはいけません。たいそう恐ろしいことだ語り伝えられています。

【原文】

巻27第8話 於内裏松原鬼成人形噉女語 第八
今昔物語集 巻27第8話 於内裏松原鬼成人形噉女語 第八 今昔、小松の天皇の御世に、武徳殿の松原を、若き女三人打群て、内様へ行(あるき)けり。八月十七日の夜の事なれば、月き極て明し。

【翻訳】 長谷部健太

【校正】 長谷部健太・草野真一

【協力】草野真一

【解説】長谷部健太

三代実録(※注)』巻五十仁和三年(887年)八月十七日に原話と見られる話が載っている。内裏において突然に起こったバラバラ殺人の犯人は一体誰だったのか。衛門が報告を受けて現場に行った時には死体がないというのも作為を感じざるを得ない。
小松(孝光)天皇の御世とは、元慶8年(884年)3月5日から仁和3年(887年)8月26日まで。

※注…『日本三代天皇実録』のことで、清和・陽成(ようぜい)・光孝天皇の三代について朝廷が編纂が命じた官製の歴史書。天安二年(858年)から仁和三年(887年)までの三十年間について記している。延喜元年(901年)に成立。編者は藤原時平、菅原道真、大蔵善行、三統理平。
いわゆる「貞観地震」に付いての記述があることから東日本大震災後に若干注目されたが、それだけだった。

【参考文献】

日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)

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今昔物語集 現代語訳

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