巻三第二十六話 未知の国に仏法をひろめた迦旃延の話

巻三

巻3第26話 仏以迦旃延遣罽賓国語 第(廿六)

今は昔、天竺(インド)で、仏(釈尊)が衆生を教化するため、舎利弗・目連・迦葉・阿難などの御弟子五百人を、各諸国にわけて派遣しました。迦旃延(かせんねん、カッチャーナ)は罽賓国(けいひんこく)を担当することになりました。

迦旃延は言いました。
「かの国は、神国(異教の国)です。いまだ仏法を知りません。昼も夜も常に狩猟と漁捕をしている国です。教化できるとは思えません」
仏は言いました。
「つべこべ言わずに行きなさい」

迦旃延は仏の勅によって罽賓国に至り思いました。
「悪い樹は根元から断つならば、枝葉はできない。私はまず国王のもとに行き、教化することにしよう」
王宮に向かいました。

国王は数千万騎をひきつれて、狩りに出かけるところでした。迦旃延は錫杖を肩ににない、衣鉢(袈裟と椀)をひじにかけ、王の前に立ちました。人々は言いました。
「見たこともない恰好をした人が来たぞ。あれは誰だ」
人々は驚き怪しみ、王に告げました。王は言いました。「すぐに殺せ」
まさに首を落とされようというとき、迦旃延は王の前に進み出て言いました。
「すこし待ってください。大王に申したいことがございます」
王は言いました。
「おまえは何者だ。見たこともない姿をしている。おまえが私の前に立つなど、愚かなことだ」
迦旃延は答えました。
「大王は、きわめて美しくいらっしゃいます。私はいやしい者です。私は大王の御狩の前に出て先導しましょう」
王はとてもおもしろがり、王宮に連れて帰りました。

「まず美食を用意して食わせろ」
迦旃延はこれをたいらげました。大王が「うまいか」と問うと、迦旃延は「たいへんおいしいです」と答えました。つづいて、まずい食物が用意されました。王が「これはどうだ」と問うと、「これもおいしいです」と答えました。
「おまえはうまいものもまずいものも『おいしい』という。どういうことだ」
「法師の口は竃(かま)のようなものです。うまいものもまずいものも、腹に入ったら同じです」
王はこれを聞いて、とても感心しました。

「私は九十日間、女人の要請を受けています。行って法を説く約束があります」
迦旃延はそう言って王のもとを去りました。女人は髪を抜き、それを売って供養しました。

迦旃延像(奈良市興福寺)

九十日が過ぎて、迦旃延はふたたび国王の宮に戻りました。王は問いました。
「おまえはしばらくいなかっただろう。どこにいたのか。どうやって食べていたのか」
「私は九十日間、女人のために法を説いていました。女人は髪を抜き、それを売って、私を食べさせていました」
王は言いました。「その女に会ってみよう」
使者を派遣して召そうとしましたが、女人は来ません。使者は言いました。
「女人は、光を放っていました。端正美麗な女性でした」
王はすぐに花の輿(こし)を造り、千万騎をつけて女人を迎えに遣りました。女人は花の輿に乗り、光を放ちながら王宮にやってきました。

大王はこれを見て、自分の五百人の后はまるで蛍の光のようだと思いました。女人は日月のようでした。たちまちに后とし、深く寵愛しました。昼夜朝暮にこの后にかしづきました。后は大王に語りました。
「私を愛するならば、まずは大王からはじめて、国の内の人民はみな、仏法を信じてください」
大王は后の教えにしたがい、仏法を信じました。やがて、国内の人民みなが仏法に随いました。

迦旃延の説法の力によって、女人は光を放つ身となり、后として寵愛されました。罽賓国の仏法はここにはじまります。ひとえに迦旃延の力によると語り伝えられています。

木版画「釈迦十大弟子の柵 迦旃延」(棟方志功、 金沢・鈴木大拙館)

【原文】

巻3第26話 仏以迦旃延遣罽賓国語 第(廿六)
今昔物語集 巻3第26話 仏以迦旃延遣罽賓国語 第(廿六) 今昔、天竺に、仏、衆生を教化せむが為に、舎利弗・目連・迦葉・阿難等の御弟子五百人を、各諸国に分て遣すに、迦旃延は罽賓国に当れり。

【翻訳】 草野真一

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