巻三第十五話 武勇にすぐれた醜い皇子の話

巻三

巻3第15話 摩竭提国王燼杭太子語 第(十五)

今は昔、天竺の摩竭提国(マガダ国)に王がおり、五百の太子がありました。それぞれ成長し、めいめい存分に威力を発揮し思うままにふるまっていました。その中の一番目の太子は燼杭(じんこう)太子といい、体は墨のように黒く、髪は燃える炎のように赤く容貌の醜さは鬼神に並ぶほどでした。王と后はこれをいやがり、方丈(約3メートル四方)の部屋を造って人に会わせぬように隠し置いていました。

さてあるとき、他国の軍勢がこの国を滅ぼそうと大挙して責めてきました。王は数千万の軍兵を用意し応戦しようとしましたが、この国の軍は数も強さも劣り、今にも討ち取られそうなところまでいきました。このため宮中は大騒ぎになり、悲嘆にくれながら逃げ去ろうとしていました。

そのとき燼杭太子は部屋の中で宮中の騒ぎを聞き、乳母を呼んで「いつもと違い王宮内が騒がしいが、一体何が起こっているのか」と聞きました。乳母は「あなたさまはご存知ないのですか。他国の軍が来て、この国を討ち取ろうとしています。このため大王も后も王子達も皆他国へ逃げ去ろうとなさっています。あなたさまもどこへか流浪されることになるでしょう」と答えました。燼杭太子はそれを聞き「そんなことはこともないことだ。どうして私に早く知らせなかったのだ。私がすぐに向かい、その軍を追い返そう」と言って立ち上がりました。乳母はこれを大王に申し上げましたが、王は全くお信じになりませんでした。

このとき燼杭太子は父の大王の前に出でて「私はこの軍を追い返そうと思います。」と言い、人を呼んで「我が祖父、輪廻聖王(アショカ王)の御弓がこの宮殿の天井にある。それを探してこい」と命じました。弓が探してこられると燼杭太子は喜んで弓を取り、弦を打ちます。するとその音は四十里(約120㎞)四方に聞こえ、雷電の響きのようでした。太子はこの弓に矢を一筋携え、また法螺一つを腰につけ、一人きりで王宮を出ました。父の大王と母の后は共々泣きながら引き留めて「戦場に入った者が生きて帰るのは万に一つのこと。お前の容姿が醜いといっても我らの子供である。すぐに出て行くのをやめなさい」と言いました。しかし太子は留まらず、直ちに戦場の最前線に出ます。まず法螺を一、二度吹きますと、多くの兵が恐怖のために地面に倒れました。次に弓の弦を打つと皆逃げ去りました。そのとき太子は「弓の弦を打つのにすら既にこのように恐れている。もし一つでも矢を放てば、千万の軍勢といってもどうなることか」と呼びかけ王宮に戻りました。大王は「私は五百の太子を育てたが、この軍勢来襲には全く無力だった。お前一人が私の子であるぞ」と言い非常に喜びました。

やがて太子は五十歳になり、初めて「妻を持とう」と言いました。「下賤な家柄の者は娶らぬ。高貴な家柄の人を娶ろう」と言いますが、父の王は思い煩い「下賤な家柄の人ですらこの太子の形相を見たら近づくまい。まして高貴な家柄の人であればいかほどか。我が国の人は皆この太子の形相を知っている。ならば他国の王の娘を燼杭太子に娶らせよう。そうはいっても太子の醜さであるから、昼は姿を見せないようにしよう」と考えて、夜中に嫁を迎えさせました。

その後月日を経て、大王は「私の五百の太子には五百の嫁がいるといっても、未だに顔を見たことがなく気にかかる。ここは花見の席を設け、この嫁らと一人一人会ってやろう」と思われ、日時を決め花見の宴の知らせを広めました。嫁達は皆衣装の袖口を調え、綾、絹の錦を身に纏います。お付きの侍女達は衣装を染め張り、青、黄、赤、白とあらゆる色を尽くして、薄くも濃くも調えます。 
 
さて花見の日となり、それぞれ南殿の前の植え込みの中をそぞろ歩いたり、池の淀みにいる者は船に乗って舵を取ったり、或いは筏に乗って棹を指したりします。またある者は植え込みの中で花をいじったり、虫の音を聞いて歌を吟じたりと遊戯します。大王と后は簾を巻き上げてこれをご覧になります。王宮内の上下の人々は雲のように多く集まって見物します。天下の見ものとして、これに勝るものはないといった様子です。燼杭太子の妻も、夫はおりませんが、この場に出て皆と共に遊び楽しんでおりました。

そこへ、嫁の一人が燼杭太子の妻を笑いながら「どうしてあなただけ一人で遊んでいらっしゃるのかしら」と言います。また別の嫁は「ご主人のお姿はそれはお美しいですものね」と言います。燼杭太子の妻はこれを聞いて恥じ入り隠れてしまいました。そして乳母にこっそりと「人に色々と変なことを言われました。私は夫の姿を見てみようと思います。夜夫が来たときに火を点して見せてください」と頼みました。乳母は言われた通り、太子が来るやすぐに火を点しました。妻は太子の鬼神のような形相を見ますと、途端に逃げて隠れました。太子はこれを恥じて帰りました。妻は夜の内に故国に帰ってしまい、太子はひどく悲しみました。このために太子は、夜が明けると深い山に入って高いところから身を投げましたが、樹神が現れて太子を受け止め、平地に座らせました。
 
そのとき帝釈天がやって来て、太子に一つの玉をお授けになりました。太子は「私に玉をお授けになったのはどなたですか。私は愚かなために存じ上げません。もしや仏様がお出でなさったのでしょうか。もしそうならば私の前世の因果をお説きください」と申しました。帝釈天は「お前は前世では貧しい人の子であった。あるとき托鉢の僧が来て油を乞うたことがある。お前の父はお前に『きれいな油を与えよ』と言ったが、お前は出し惜しんで汚い油を一勺(約18ml)与えた。油を与えた功徳のためにお前は国王の子に生まれ王子となったが、汚い油を与えたために醜い形相となったのだ。私は帝釈天である。お前を哀れみ、髪に玉を掛けたのだ」とおっしゃり去られました。

帝釈天(Indra)

その後、太子は容姿端麗となり光を放つようでありました。そのとき王宮から太子を尋ねてきた使者が太子を見つけ「もしやあなたは仏様ですか。それとも私が尋ねにきた太子様ですか」と言います。太子は「私はお前の主、燼杭太子である。突然姿が変わり光を放っているのは、もしやこうして得た玉のおかげか。」と言って、玉を取り外してよそに置くと、元の醜い形相に戻りました。また玉を髪に掛けると端正になって光を放ちます。さて使者が太子を王宮に連れ帰ると、父の大王は迎え出て、この太子の様子を見て事の顛末をお尋ねになります。太子が一部始終を語るのを聞いて、大王と后がお喜びになること限りありませんでした。

しばらくして太子は妻の故国へ行きました。妻は夫の美しい容貌を見て心の中で喜びました。また舅の国王も喜んで、太子に国位を譲りました。太子が妻を伴って自国へ帰りますと、父の大王も国位を譲ったため、太子は両国の王となり天下をほしいままに政治を執り行いました。

油一勺を僧に施した功徳でさえこのようなことであります。まして万燈会を営む人の功徳はいかばかりかと仏様がお説きになったと語り伝えられています。

万燈会(薬師寺)

【原文】

巻3第15話 摩竭提国王燼杭太子語 第(十五)
今昔物語集 巻3第15話 摩竭提国王燼杭太子語 第(十五) 今昔、天竺の摩竭提国に王有り。五百の太子有り。各勢長して、分々に威勢を施し、皆世を恣にす。其の中の第一を燼杭太子と云ふ。身の黒き事、墨の如し。髪の赤き事、火の燃たるが如し。形貌の醜き事、鬼神に異らず。王・后、此れを厭て、方丈の室を造て、人に見せずして、臥せ...

【翻訳】 吉田苑子

【校正】 吉田苑子・草野真一

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