巻三第十三話 妻が不在の間にひとりで亀肉を食べた王子の話

巻三

巻3第13話 仏耶説輸多羅宿業給語 第(十三)

今は昔、仏が悉達太子(シッダールタ)と申されていたときに、三人の妻がいらして、その中のお一人に耶輸多羅(やしゅだら、ヤショーダラー)と申される方がおりました。太子はその方を大層大事にされましたが、妻はそのお心を汲み取ることがありませんでした。太子がたくさんの珍宝をお与えになっても少しもお喜びになりません。
太子は仏にお成りになると、この耶輸多羅の宿業を説かれました。

「この者は前世で天竺の迦羅国(からこく)という国にあった。その国には王がいて、その妃を波羅那婆(ばらなば)といった。この王は大層暴悪で、ひどく邪見に捕らわれた人であった。この王に一人の太子がおったが、それがちょっとした過ちを犯したので、国王は太子を追放した。そこで太子は妻を連れて国を出ていき、ある社のそばを仮宿とした。

食べ物がないため自ら弓をとり諸々の獣を殺して食べ暮らしていたが、そのうちに世の中の食べ物が皆なくなり飢渇に遭った。狩猟も漁猟もできず、飢え死にしそうになっていることを嘆いていた。そんなときに大きな亀がなんとはなしに這っていくのを見つけた。これを殺し甲羅をはいで鍋にいれて煮ようと思い、妻に『お前は水を汲んで来い。この亀をよく煮て共に食べよう。』と命じた。妻は夫に従い、水を汲んでくるために桶を頭に戴き遠いところに行った。その間太子は空腹に耐えきれず、まだ煮えていない亀の肉を一切れ、また一切れと食べてしまい、ついには亀の肉は皆なくなってしまった。

太子が『妻が水汲みから帰ってきて亀のことを聞かれたら、どう答えようか』と悩んでいると、妻が水を頭に戴いて疲れた様子で帰ってきた。鍋の中を見ると亀の肉がない。妻が『亀はどこへいったのですか』と問うと、太子はどう答えてよいかわからず『居眠りしている間に、生煮えだった亀は、元々長命なので海に走っていってしまったのだ』と答えた。妻は『そんなことがありますか。あなたの虚言でしょう。甲羅をはいで鍋に切り入れてよく煮た亀が、どうやって海に逃げ込めるでしょうか。正直に空腹に負けて食べてしまったと言えばいいのに。私だって飢えて疲れているのに、遙か遠くに追いやって、あなたは一人で食べたのです。私がいたとしても食べるのを止めることはできなかったでしょう。』と言って大層恨んだ。 

この間に父の王が重い病で急死したため、この太子が迎えられ国王となった。妻も妃となった。その後、国王は国を治めて財宝を全て妃にお与えになった。けれども妃は全く喜ばない。王が妃に『このように何かとお前の好きなようにさせているのに、なぜ喜ばないのか』と問うと、妃は『今何事も思いのままになることを喜ばしいと思えません。あのとき私が餓死していたら、財宝を手にしたり全てが思い通りになったりすることはなかったでしょう。今このようにできるのは、あなたが国王となり国を治めて財を持ったから。なおざりにやっていることにすぎません。空腹に耐えられなかったときは亀の肉もあなた独りで食べてしまい、私には一切れも残さなかったくせ。』と答えて喜ばなかった。

さて、そのときの亀の肉を独り占めした太子というのは、この私のことである。水を汲みに行った妻は今の耶輸多羅である。この因縁により二人が現世来世と夫婦になっても、このようにうまくいかないのである。ほんの些細な亀の肉のために嘘をついたり怒りの心を起こさせたりしているのである」と説き明かされたと語り伝えられています。

【原文】

巻3第13話 仏耶説輸多羅宿業給語 第(十三)
今昔物語集 巻3第13話 仏耶説輸多羅宿業給語 第(十三) 今昔、仏、悉達太子と申し時に、三人の妻御しき。其の中に耶輸多羅と申す人有り。其の人の為に、太子、懃(ねんごろ)に当り給ふ事有れども、思ひ知たる心無し。太子、無量の珍宝を与へ給ふと云へども、更に喜ばず。

【翻訳】 吉田苑子

【校正】 吉田苑子・草野真一

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