巻3第16話 貧女現身成后語 第(十六)
今は昔、摩竭提国(マガダ国)に一人の貧しい老女がおりました。年は八十余りで、十四歳の一人の娘がありました。娘の母に対する孝心はとても深いものでした。
あるとき国の大王の行幸がありました。国の上下の人々はこぞって大王の行幸を見ようとしていました。この老母は娘に「明日は大王の行幸だという。お前も見たいかね。もしお前が出かければ、私は水が飲めなくなるが」と聞きました。娘は「私は見たいとは全く思っていません」と答えました。
さて行幸の日となりました。娘が母のために菜を摘もうと家を出ましたところ、偶然にも大王の行幸に遭遇しました。しかし娘は一切見ようともせずに身をかがめていました。大王は遠くからこの娘をご覧になり「あんなところに一人の下女がいる。皆が私を見ようとしているのに、あの女だけ一人私を見ようとしない。何かわけがあるのか、眼がないのか。あるいは醜い顔なのだろうか。」とおっしゃり、御輿を留めて使いの者をやってわけをお尋ねになりました。娘は「私は眼も手足も欠けておりません。それに大王様の行幸をとても見たいと思いました。でも私の家には貧しい老母がいて、私一人で養っているのです。孝行するためには時間が足りません。もし大王様の行幸を見ようと出かければ、母への孝行を怠ることになります。そのために行幸を見に出かけなかったのです。ただ母を養うために菜を摘みにちょっと家を出たところ、偶然お目にかかったのです。」と申しました。
大王はこれを聞くと御輿を留めて「この女は世にも珍しい見上げた心を持っている。すぐにここに呼びなさい」とおっしゃり、近くに来させて「お前はなかなかない深い孝養の心を持っている。すぐに私に仕えなさい」とおっしゃいます。娘は「大王様の仰せは大変嬉しいことでございます。けれども私の家には貧しい老母がおります。私一人で養うために暇もありません。まずは帰らせていただき母にこのことを話し、許しを得られれば戻って参ります。どうか今日はお暇をいただけませんか」と申し上げました。
大王はこれをお許しになり、娘は母のところに戻りました。娘が母に「ずいぶん帰ってこないと思いましたでしょう」といいますと、母は「そう思っていたよ」と答えます。娘が「このような大王の仰せがありました」と語りますと、母はこれを聞いて喜び「私がお前を産んで育てているとき、国王の后にしたいものだと思っていたのだ。その願いが叶うのだろうか。国王が今日仰せになったことは非常に喜ばしい。十方の諸仏如来様、我が娘は私に心深く孝行してくれていますが、この功徳によって、大王が娘のことを忘れることなくお迎えにいらっしゃいますようにご加護を垂れさせたまえ」と願いました。
さて、その日は暮れました。大王は宮殿に帰ってもこの下人の女のことを忘れがたくお思いになり、明くる日に迎えの車を三十輛やりました。早朝、娘の貧しい家の門では思いがけないほどの多くの車の音が聞こえました。たまたま人が通っているのかと思いながらよく聞きますと「この家ですか」と尋ねる人が入って来て、七宝で飾った御輿を運び込みました。そして娘を呼び出し、美しい衣装を着せ御輿に乗せ、王宮に迎えさせました。老母はこの娘の姿を見て涙を流して喜びました。
大王が娘を迎えてご覧になると、元々いた三千人の寵愛していた后は皆この娘に劣って見えました。その素晴らしさは終日終夜ご覧になっても足らないほどでした。このために大王は万事を投げ出してしまい、天下の政治は停滞してしまいました。こうなったのも、母に孝行を尽くした功徳によってこの身このまま后になることができたためと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 吉田苑子
【校正】 吉田苑子・草野真一
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