巻14第2話 信濃守為蛇鼠写法花救苦語 第二
今は昔、信濃守の□という人がありました。
任国の信濃(長野県)の任期を終えて、京ににのぼるとき、大きな蛇がお供についてきました。一行がとどまると蛇もとどまり、薮の中におりました。昼は、前になり後になりしながらついて来ました。夜は、衣櫃(ころもびつ)の下にとぐろを巻いていました。
従者が「これはあやしきことである。殺してしまおう」と言うと、守は言いました。
「殺してはならない。ついて来るのは、何か訳があってのことだろう」
心の内で念じ祈りました。
「なぜこの蛇はついてくるのでしょうか。任国の神祇ですか。それとも、悪霊が祟りをを成して追ってきたのですか。私にはこれがまったくわかりません。もし間違っていたとしても、凡夫はこれを知りがたいものです。すみやかに夢で示してください」
その夜、守の夢にまだらの水干袴(庶民の平服)を着た男があらわれ、守の前にひざまずいて申しました。
「私の年来の怨敵が、既に衣櫃の中に籠居しています。かの男を害するために、ずっとついて来ました。かの男を討つことができたなら、すぐに戻りましょう」
そこで夢から覚めました。
夜が明けると、守はこの夢を共の者たちに語り、櫃を開けて見ると、底に老いた鼠が一匹おりました。とても恐れているようで、人を見たというのに逃げずに、衣櫃の底でちぢこまっていました。共の者たちは言いました。
「この鼠をはやく棄ててしまいましょう」
守はこの蛇と鼠は宿世(過去の世)の怨敵だということを知り、あわれみの情を深くしました。
「もしこの鼠を棄てたならば、蛇は必ず呑むだろう。ならば、私が善根を修して、蛇・鼠を共に救おう」
その地にとどまり、彼らのために法華経一部を書写供養し奉ろうとしました。共の者もそれぞれが書写したので、写経は一日で終わりました。つれている僧にたのみ、ただ彼らのために、法にのっとって供養しました。
その夜、守の夢に二人の男があらわれました。ふたりとも姿かたちはうるわしく、ほほえみをたたえ、素晴らしい服を着て、守を敬いかしこまっています。
「私たちは、宿世たがいに怨敵となり、幾度も殺し合ってきました。今回も相手を殺害するために近づいていたのですが、あなたは慈心を抱き、私たちを救うために、一日で法華経を書写供養してくださいました。この善根によって、私たちは畜生の世界をはなれ、今、忉利天に生まれることができました。この広大な恩徳は、何度生まれ変わり死に変わってもお返しすることはできません」
そう語って、二人はともに空に昇りました。妙なる音楽が空に満ちていました。
夜が明けてから見ると、蛇は死んでいました。衣櫃の底を見ると、鼠も死んでいました。これを見る者は、みなが貴び、心を動かされました。
守の心はありがたいものです。生まれ変わり死に変わる間、善知識(教え導く人)としてあったのでしょう。また、法華経の力は不可思議なものです。
京に上った守が語った話を聞き継いで、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一

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