巻十四第八話 地獄に母をさがした三人の子の話

巻十四

巻14第8話 越中国書生妻死堕立山地獄語 第八

今は昔、越中の国(富山県)に書生(書記官)がありました。三人の男子があり、毎日国府(国司の役所)に出かけて公事を勤めておりました。

あるとき、書生の妻がとつぜん病にかかり、何日かわずらって死にました。夫と子は嘆き悲しみながら葬儀をとりおこないました。葬家には多くの僧が籠り、四十九日の間、仏事を修しました。

しかし、四十九日が過ぎても、子たちは母を思い歎き、恋い悲しむ気持ちを忘れることはできませんでした。
「母はどんなところに生まれかわっているのだろう。会いたい」
そう語り合っていました。
その国に、立山というところがあります。たいへんに貴く、とても深い山です。道はけわしく、人が参るのは容易なことではありません。立山には種々の地獄の湯がわき出ていて、堪えがたい地獄のありさまを見ることができます。

立山・地獄谷

書生の三人の子は語り合いました。
「私たちは母を恋うている。悲しみは続き、心はまったく安まらない。立山に詣で、地獄を見てみよう。母はいるかどうか、見てみよう」
貴い聖人の僧とともに、皆で立山に赴きました。

地獄ごとに見てまわりました。耐えがたいことばかりでした。すべてが燃え焦げていました。炎で涌き返った湯は、自分の身にふりかかるようで、とても熱く耐えられません。煮えられた人の苦しみを思いやると、あわれで悲しくてなりません。僧に錫杖供養させ、法華経を講じさせると、地獄の火がすこしおさまったように思えました。

このようにして、十カ所ほどの地獄を見てまわりました。やがて、それまで見た中でもとくに耐えがたく感じられる地獄に至って、前のように経を講じ、錫杖を振らせました。すこしおさまったように見えました。
そのとき、すがたは見えませんでしたが、岩の間から、あの明けても暮れても恋しく思っている母の声がしました。長男の名を呼んでいます。思いがけないことで不思議に思い、空耳だろうと考えて、しばらく答えずにおりましたが、その声はなお続いています。
恐怖しながら問いました。
「私を呼ぶのは誰ですか」
岩の間から聞こえます。
「なぜそんなことを言うのですか。母の声がわからない人がありますか。私は前生に罪をつくりました。人に物を与えなかった。そのために今、この地獄に堕ち、はかりなく苦を受けています。苦は昼夜、休むことなく続いています」
子たちは不思議に思いました。死者が夢に姿を現すとは聞いたことがありますが、このように現で声とは聞いたことがありません。しかし、たしかに母の声で、疑うことはできませんでした。

子たちは問いました。
「どんな善根を修すれば、その苦から遁れられるのですか」
岩の間から聞こえました。
「私の罪は深く、決してこの苦を免れることはできません。善根は広大でなければならず、あなたたちの身や力では修することはできないでしょう。多くの劫(宇宙論的に長い時間)を経たとしても、この地獄を離れることはできません」
「そうだとしても、どれほどの善を修すれば逃れられるか教えてください」
「法華経千部を書写供養するならば、この苦から解放されるでしょう」
子たちは思いました。
「法華経一部を書写供養するとて、とても困難なことである(最低数週かかる)。まして十部、百部、千部など思い描くこともできない。しかし、こうして母が苦を受けているのを見て、家に帰って安穏としていられるはずがない。ならば、私が地獄に入って、母のかわりに苦を受けよう」
供にしていた僧が言いました。
「現世なら、親のかわりに子が苦を受けることができます。しかし、冥途(あの世)では各人の業によって受ける罪が決定されます。代わろうとしてもできないのです。家に帰り、力のおよぶかぎり、一部であっても法華経を書写供養しましょう。すこしでも母君の苦を減らすことができるはずです」

泣く泣く家に帰り、このことを父の書生に伝えました。書生はこれを聞いて言いました。
「実にあわれな、悲しいことだが、法華経千部はとうてい力が及ばない。ただ志の及ぶかぎり、力の及ぶかぎり書くべきだ」
まず三百部ほどを書写する計画をたてました。 

地獄谷のイオウ塔

あるとき、国司にこのことを伝える人がありました。国司は道心(信仰心)がある人でしたから、書生を召して、面とむかってくわしく問いました。書生はすべてを申し上げました。国司はこれに慈の心を発し、言いました。
「私も協力する」
隣の国々、能登(石川県)・加賀(石川県)・越前(福井県)などの縁ある人に書写をすすめました。国司の尽力もあって、ついに千部の法華経を書写することができ、法会をひらいて供養しました。

子たちの心はようやく落ち着きました。
「母は地獄の苦を免かれることができたろうか」
そう思ったとき、長男の夢に、母が美しい衣服を着てあらわれ、告げました。
「私はこの功徳によって、地獄を離れ、忉利天に生まれた」
そう言って空に昇っていくさまを見て、夢から覚めました。

その後、夢に告があったことを多くの人に語り、喜び貴びました。のちに、子たちは立山に行き、前のように地獄を廻り見ましたが、そのときは岩の間から声が聞こえることがありませんでした。その立山の地獄は今でもあります。

比叡の山の年八十ほどになる老僧が語ったことがあります。
「若いとき、私は越後の国(新潟県)まで下ったことがある。その途上、越中の国で写経した」
事件から六十余年が過ぎたことでした。

まったく希有のことです。地獄に堕ち、夢の告げではなく、現に言葉をかけるなど、他に聞いたことがないと語り伝えられています。

歌川広重『山海見立相撲 越中立山』(1858年)

【原文】

巻14第8話 越中国書生妻死堕立山地獄語 第八
今昔物語集 巻14第8話 越中国書生妻死堕立山地獄語 第八 今昔、越中の国に書生有けり。其の男子三人有り。書生、朝暮国府に参て公事を勤めて有り。 而る間、書生が妻、俄に身に病を受て、日来煩て死ぬ。夫并に子共、泣き悲むで、没後を訪ふ。葬家に僧共数(あまた)籠て、七々日の間、思の如く仏事を修す。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

仏教では十界といって、世界が十にわけられている。別世界からのメッセージは夢でもたらされる。地獄もまた別世界のひとつだが、この話では現実と接続している。作者はとても珍しいといぶかっている。

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