巻三第十一話 竜の娘を妻とした釈迦族の男の話

巻三

巻3第11話 釈種成竜王聟語 第(十)

今は昔、天竺では四姓のうちの刹帝利クシャトリヤ)に属するものが国王となりました。この階級以外に国王になる家柄はありません。その中で釈種というのは釈迦如来の御一族のことをいいました。仏の御一族ということで、殺生をした人は釈種としては産まれることがありませんでした。

ところで舎衛国(コーサラ国)に流離王(ヴィルーダカ)という者がおりまして、迦毗羅衛国(カピラヴァストゥ)の五百人の釈種を殺そうとしたことがありました。この釈種達は武術に長けた者ばかりでしたが、この一族の習いとして自分の命が絶えても人を殺すことはないので、皆応戦することなく殺されてしまいました。しかし、その内の四人の釈種は流離王と合戦しました。そのためにこの四人は釈種から除籍となり国を追い出されました。除籍になった釈種の内の一人が、流浪している間に行き疲れて途中で休んでいる際に、一羽の雁がおりました。その釈種に向かっても全く恐れず馴れ遊びます。近づいても逃げないのでこの雁の背に乗りました。そうすると雁は遠くへ飛び去ってしまいました。遙か遠くへ飛んでいき、どことも知れぬところへ落ち、見てみると池の辺です。そこで釈種は木の茂る影に寄り、少し休んでいる間に寝入ってしまいました。

流離王(葛飾北斎)

そのとき、この池に住む竜の娘が出てきて水の辺で遊んでいました。釈種が寝ているのを見て、竜の娘はたちまち夫にしようと思い立ちましたが、「これは人間に違いない。私は土の中に住む怪しい身。この姿では怪しまれ、軽蔑されるだろう」と考えました。そこで人の形となってさり気なくあたりを歩いていますと、この釈種が寄ってきていろいろと話などしながら親しくなっていきました。

その後、釈種はやはり怪しく思えてきたので、竜の娘に尋ねました。
「私はこのように旅をしているみすぼらしい者です。この頃は物も食べておらず痩せ衰えて汚い身なりです。衣服も汚れや汗だらけで大層見苦しいでしょう。どうしてこのように親しくしてくださるのですか。返す返す恐ろしくすら思えてきます」
「父母の教えに従いこのようにしています。本当に有難い契りがあってのことですから、私のお願いをお聞き届けください」
「もちろんです。どんなことであっても。このような深い契りがあるのですから私も去りがたく有難く思っております」
「あなたさまはやんごとなき釈種の方でいらっしゃいます。私は下賤な身にすぎません」
「あなたが賤しいというのはどういうことでしょうか。私こそこのような流人であり賤しいというべき者です。それにしてもここは山深く大きな池のほとりで、人の住処には見えません。あなたのお住まいはどちらなのですか」
「申し上げたらば非常に疎ましくお思いになるでしょうが、このような仲になりましたからにはお隠ししておく理由もございません。実は私はこの池に住む竜王の娘なのです。このようなやんごとなき釈種の方がたくさん追放されさまよわれているとお聞きしましたが、幸いにもこの池のほとりであなたさまが遊んでおられたので、このように参り徒然をお慰めし親しくさせていただいているのです。また私は前世に罪を犯しているために、このような魚類の身をしております。人と獣とでは既に道が違っております。そのため全てにおいてとても恐れ多いのです。家はこの池の中にございます」
「こんなに親しくなったのですから、ずっとこのままでいるつもりです」
「大変嬉しいことでございます。これからはどんな仰せにも従わせていただきます」

釈種は心中で「私は前世の功徳によって釈種の家に生まれました。願わくはこの竜女を人にしてくださいませ」と祈りました。するとその誓いによって竜の娘はたちまち人に変身しました。それを見た釈種は限りなく喜びました。
この女は釈種に「私は前世の罪によってこのような悪道に生まれましたので、永遠にこの苦しみを免れることができないはずなのですが、今あなたさまの福徳によって刹那に人に身を変えました。この身をもってあなたさまの徳にお報いしようと思いますが、この賤しき身をもってどのようにしたらよいでしょうか」と申しました。

釈種は「なんの報恩などお考えになることがありましょうか。これも前世の縁がなせる業です。もうこのままでいようではないですか」と言いましたが、女は「このままでいるべきではございません。父母のところへ行きこのことを告げます」といって、父母に「私が今日外に出て遊んでおりましたところ、釈種の方にお会いしました。そしてその方のお力によりすっかり身を改めて人間となりました。ほんの一時親しくさせていただいただけで功徳が深く身に沁みました。このようなことで互いに契りができました」と伝えました。竜王はこれを聞いて、娘が人間になったことを喜び尊び、釈種を敬うこと限りなかったということです。

竜王 Naga sculptures entrance,Wat Hua Wiang,Thailand

かくして竜王は池より出て人の形となり、釈種に向かって跪き「有難くも釈種の方が下賤の者を差別せずに、私のような怪しき姿の者にお会いになってくださるとは。願わくはこの住処にお入りください」と申しました。これに従い釈種は竜宮に入りました。見れば七宝で飾られた宮殿があります。金の垂木、銀の壁、瑠璃の瓦、摩尼珠の瓔珞(ようらく、装飾品)、栴檀の柱があり、それらが光を放ち、まるで浄土のようでした。その中に七宝の帳台が立ち、それに無数の装飾がされています。どれほどの飾りがあるのか想像もつかず、目もくらむばかりです。その他にも、幾重にも折り重なった素晴らしい宮殿が数多くありました。

その宮殿の中から、玉の冠をして百千の瓔珞を垂らした厳かで美しく気高い人が出てきました。周りの者がその方を迎えて、七宝の台上に登らせ座らせました。辺りには種々の樹木があり、全て宝の瓔珞が掛かっています。大きな池があり、そこには飾られた船々が浮かんでいます。やがて百千もの人による伎楽が奏でられ、多くの大臣、公卿や百千万の人々がそれぞれにふさわしいところで過ごしていました。そこにはあらゆる楽しみが具わっていて、心に叶わないものは何一つありませんでした。そうはいっても、釈種は「こんなに素晴らしい出来事であっても、これらは皆蛇がとぐろを巻き蠢き回っているに違いなく気味が悪く恐ろしい。どうにかしてここを出て人里に行かなかれば」と思いました。

竜王は釈種のその顔色を見て「このままこの国の王としてお留まりくださいませ。」といいますが、釈種は「私が願うところではございません。ただ故郷の国の王となりたいと思っております」と答えました。竜王は「そんなことはとても簡単なことです。しかしこの世界では無数の宝を思う存分七宝の宮殿に蓄えられ、あなたさまの故郷よりも広く果てしない国で、永い命を持てるところですから、ここで暮らす方がよいではありませんか。それでもただ故郷に住みたいと願われるのであれば、それももっともと存じます」といい、「もし故郷にお帰りになったときはこれをお見せになってください」と、七宝で飾った玉の箱の中に、素晴らしい錦で包んだ剣を入れて渡しました。
竜王は「天竺の国王は、遠くから持ってきた品物は必ず相手の手から自らの手に直に受け取られます。そのときに引き寄せて突き殺しなさい」と教えました。釈種は竜王の教えに従い故郷の国に戻り国王の御許に参りました。この宝の箱を差し上げるときに、国王は竜王のいうように箱を自分で直に手に取られたので、その袖を捕らえて突き殺しました。大臣、公卿とそこにいた人々は驚き騒ぎ、この釈種を捕まえて殺そうとしましたが、釈種が「この剣は神がくださったもので、これで国王を殺して位に即けというお告げがあったので殺したのである」といい剣を抜いて立っているので、大臣や公卿はそれなら仕方ないということで、釈種を位に即けました。その後、賢く政治を行ったので、国民は皆敬いかしこまり、どんなことも釈種に従うようになりました。

さて、国王となった釈種は大臣、公卿、百官を率いて竜宮に行き、先の女を妃として迎えて故郷へ帰り、妃と限りなく睦み合って暮らしていました。しかし妃には竜だった頃の性分が残っており、大変に美しく立派な姿をしているのに、寝入っているときと、二人で男女の交わりをするときは、妃の御頭から蛇が九匹首を差し出してひらひらと舌なめずりをしていました。国王はこれを少し疎ましく思い、妃が寝入っているときにいつものように出てきて舌をひらつかせる蛇の首々を全て切り捨てました。そのとき妃が目覚めて「あなたにとって特別悪いことはないですが、これから産まれるあなたの子孫が何世にも渡って頭の病を患い、国の人々もこのような病になるでしょう」と宣いました。このようなわけで、妃の言うように国中のありとあらゆる人々は皆頭を病むことが絶えなくなってしまったと語り伝えられています。

Crowned golden nāga-woodcarving at Keraton Yogyakarta, Java.

【原文】

巻3第11話 釈種成竜王聟語 第(十)
今昔物語集 巻3第11話 釈種成竜王聟語 第(十) 今昔、天竺に四の姓の人、国王と成る。此れを離ては、国王の筋無し。其の釈種と云ふは、釈迦如来の御一族を云ふ也。其の中に殺生したる人は、此の氏の人と生まれず。仏の御類なる故也。

【翻訳】 吉田苑子

【校正】 吉田苑子・草野真一

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【協力】株式会社TENTO・草野真一

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