巻5第15話 天竺王宮焼不歎比丘語 第十五
今は昔、天竺の国王の王宮に火事が起こりました。片っ端から焼けていったので、大王をはじめ、后・皇子・大臣・百官など、みなあわて騒いで、財宝を運び出しました。
そのとき、一人の比丘(僧)がありました。護持僧として、王から多大な帰依を受けていました。この比丘は、火事を見て、頭を振り首を撫でて喜んで、財宝を運び出すのを止めました。
大王はこれを怪しみ、比丘に問いました。
「おまえはなぜ王宮が燃えるのを見て、頭を振り首を撫でて喜ぶのか。多くの財が焼失すれば、歎くのが当然ではないか。この火はおまえがつけたのではないか。だとすれば、おまえの罪はとても重いぞ」
比丘は答えました。
「この火は私がつけたものではありません。しかし大王は、財を貪るために、三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)に堕ちるところでした。今日、すべてを焼き失ってしまったので、三悪趣に堕ちることはなくなりました。喜ばしいことです、人が悪道を離れず、六趣に輪廻する(三悪趣に三つの上位世界をくわえたもの。仏教はこれの超克をめざす)のは、ただ一塵の貯をむさぼり愛するゆえなのです」
大王はこれを聞くと言いました。
「比丘が言うのは、まったくそのとおりだ。私は今後、財をむさぼる事はないだろう」
【原文】
巻5第15話 天竺王宮焼不歎比丘語 第十五
今昔物語集 巻5第15話 天竺王宮焼不歎比丘語 第十五 今昔、天竺の国王の宮に火出来ぬ。片端より焼持行くに、大王より始て、后・皇子・大臣・百官、皆騒ぎ迷て、諸の財宝を運び出す。
【翻訳】
西村由紀子
【校正】
西村由紀子・草野真一
【協力】
草野真一
コメント