巻五第六話 王の五百の卵が初めて父母を知る話

巻五(全)

巻5第6話 般沙羅王五百卵初知父母語 第六

今は昔、天竺の般沙羅(はんしゃら)国に大王があり、その名を般沙羅王といいました。その后は五百の卵を産みました。大王はそれを見て奇妙に思いました。后もそれを恥ずかしく思い、小さな箱に入れて使いによりそれを恒伽河(こうがが、ガンジス川)に流してしまいました。

そのころ隣国の王が狩りに出かけていました。その最中にこの卵が入った箱が川に流れていくのに気づいたのでそれを取り上げて開いてみると、五百の卵が入っていました。王はこれを見て捨てずに宮殿へ持ち帰りそこで数日が経ちました。するとこの五百の卵のそれぞれから男の子が出てきました。

王はこれを見て喜びました。この王には子が無く、これを大切に守り育てるうちに五百の王子は次第に成長しました。どの王子も勇敢で武道に優れ、国内にこの五百の王子に並ぶ者はありませんでした。

この国は以前からあの般沙羅王の国と敵対していました。この勇敢な五百の王子が加わったので「これであの国に攻めよう」と思い、それに先立って使いを出して「勝負をつけるつもりだ」と伝えました。そして般沙羅国へ向けて軍勢を送りその城を囲みました。

それに般沙羅王はおおいに怖れ嘆きました。后は「王よ、少しも怖れる必要はありません。なぜならば、この相手の国の五百の軍勢というのはすべてわが子なのです。子は母を見れば自然と気持ちが落ち着くでしょう。その子というのは私が産んだ五百の卵のことなのです。」と言い、昔のことを詳しく話しました。

軍勢が城に迫ろうとしたとき、后は高楼にのぼり五百の兵に向けてこう言いました。「あなた方五百人はすべて私の子供なのです。私は以前五百の卵を産みました。恐ろしくなり恒伽河に流してしまったのを隣国の王が見つけて育てたのがあなた方なのです。なぜ今父母を殺して逆罪を犯そうとするのですか? もしもあなた方がこれを信じないのならば、それぞれ口を開けてこちらを向きなさい。私が乳をもんだら、その乳が自然とあなた方の口へ入るでしょう。」そう誓って乳をもみました。それを聞いた五百の兵が皆高楼に向かって立つと、それぞれの口に同時に乳が入りました。そして五百の兵は皆それを信じ、畏れ敬ってその場から去り帰っていきました。

その後、この二つの国は親善関係を結び攻撃しあう事はなくなった、と語り伝えられます。

【原文】

巻5第6話 般沙羅王五百卵初知父母語 第六
今昔物語集 巻5第6話 般沙羅王五百卵初知父母語 第六 今昔、天竺の□□国に大王有り。般沙羅王と云ふ。其の后、五百の卵を産めり。大王、此れを見て、奇異の思を成す。后も自ら恥て、小き箱に入れて、使を以て恒伽河

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

般沙羅(Pañcālaパンチャーラ)はこれの前のお話、巻5第5に登場した波羅奈(Vārāṇasī、ヴァーラーナシー)を流れるガンジス川の上流に位置する紀元前6~5世紀頃の古代インドに形成された十六大国のひとつです。

ガンジス川はヒンディー語やサンスクリット語ではガンガーと呼ばれ、それはその川を神格化させたヒンドゥー教の女神の名前でもあります。ガンガーを流れる水は「聖なる水」とされ、沐浴すればすべての罪を清め、死後の遺灰をガンガーに流せば輪廻からの解脱が得られると信じられています。

このお話では500人の王子が卵から生まれますが、それは仏教における生物の分類方法(四生、ししょう)では卵生(らんしょう)になります。第5のお話ではやはり不思議な出生の鹿母夫人の産んだ蓮の花から500人の王子が生まれましたが、おそらくそれは化生(けしょう)にあたるのではないでしょうか。人間は胎生(たいしょう)による出生を経験するものですが、敢えてこのような出生を経たということで、もたらされた命の重々しさを強調しているのかもしれません。

この卵をガンジス川に流すということに特別な意図を読み取る事はできるでしょうか? その母が「恥じて」ということがその理由として記してありますが、その卵を壊してしまう・またはどこかに置き去りにしてしまうのではなく、聖なる水に卵として生まれた衆生の行方を託して流したのだとしたら? ガンガーのご利益を得て永遠に続くとされる輪廻転生での六道からの解脱を求めるという暗示であるとも考えられるのではないでしょうか。「川に自分の子を捨ててしまうなんて、なんて身勝手な母親だ」という批判は簡単にはできなくなりますね。

逆罪というのは無間地獄に落ちるような極重の悪罪を意味し、母・父または阿羅漢を殺すこと、仏身より血を出させること、僧団の和合を破壊することを指します。自分が生を与えたわが子をガンジスに流すことでその生の六道からの解脱を望み、その母がたくましく成長した子らの姿を目にして瞬時にそれを確信し、子が母である自分を殺してしまうことでその恩恵が無駄となりその子らが地獄に落ちていくのを避けるためにはいかなることでもするという意図があったのではないでしょうか。軍勢に取り囲まれてうろたえる様子の夫の王を后が冷静に説得するところにもそれが読み取れます。

Ganga (5th century A.D. National Museum,New Delhi)

このお話の解説を考えていて思ったことがもう一つあります。「桃から生まれた桃太郎」のお話。 “おばあさんが川で洗濯をしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。” このお話は口承伝説として日本中で語り継がれ、もちろんいろいろな由来やそれから派生したものが北は岩手、南は沖縄まで広範囲に点在します。もしもこれの大元が今昔物語集に収められたこのような胎生でない衆生のお話に起因するとしたら? 「川」は遠くさかのぼると実はガンジスかもしれない? 人間からではなくて桃から生まれてやはり勇敢な人物として活躍したのであれば? そこに何か共通点があるような気がしてなりません。

岡山県岡山市、吉備サービスエリア

ところで、七福神は福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神様ですが、ヒンドゥー教、仏教、道教、神道などいろいろな背景を持っている神様だそうです。ガンジス崇拝に関するものを探していて、なぜか金刀比羅神社に繋がってしまいました。金毘羅の名前はサンスクリット語のクンビーラ(マカラともいう)に由来し、クンビーラとはガンジス川に生息するワニが神格化したもので、仏法の守護者、薬師如来12神将のひとり宮毘羅大将のことを意味します。名古屋城の金のシャチホコもそれだとか。

金毘羅大権現(ギメ東洋美術館)

どこからがそしてどこまでがどの宗教で、どの教えで。それへの線引きは果たして可能なのでしょうか? それよりもそこから導かれるメッセージが何かを読み取れるだろうか、今の時代の何かと共通点があるかどうかを見出すことが大事なのではないのかと思います。

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