巻六第十三話 刺された男が縫いつけのある仏に助けられた話

巻六(全)

巻6第13話 震旦李大安依仏助被害得活 第十三

今は昔、震旦の隴西に、李大安という人がありました。工部尚書(唐の役人、長官)大亮という人の兄です。武徳年間(西暦616~626、唐の時代)に、弟の大亮は、越州の総官を任じられました。兄の大安が都から省に行く日、弟の大亮は兄の大安が従者数人とともに行くのを見送りました。大安は禁州の鹿橋で宿泊しました。

従者の中に、「大安を殺そう」と考え、夜になって眠るのを待つ者がありました。大安がこのことを知らず眠ってしまうと、かの従者はしのび寄り、刀で大安の頭を刺し通しました。刀が床を貫いてしまい抜けず、従者はその場を去りました。

大安は驚いて(犯人とは別の)従者を呼びました。従者はこれを見て、刀を抜けば死んでしまうと思いました。従者は紙と筆をとり、このことを記して、県の官に訴えるよう大安に進言しました。大安は書を記し、県の官に送りました。

県の官たちはすぐにやってきて、大安の姿を見ました。頭の刀を抜き、傷を洗って薬をつけましたが、すでに大安は死んでいました。

大安は夢を見ているようでした。なにかわからないものが見えました。長さは一尺(約30センチ)余、平たく、厚さは四~五寸(約12~15センチ)、その形は赤い肉のようです。それが二尺(約60センチ)ほど宙に浮いて、外から入って来て、床の前にとどまりました。声が聞こえました。
「私の肉を返せ」
大安は言いました。
「私は赤い肉を食ってはいない。なぜ私のせいだというのか」
そのとき、門の外で声がしました。
「間違ったようだ。この者ではない」
肉のようなものは門から出て去りました。

大安が外を見ると、庭に清浄な池がありました。水は清く、浅く、とても美しい池でした。池の西の岸の上に、金の仏像がありました。高さは五寸(約15センチ)ほどです。それがだんだん大きくなって、やがて僧になりました。新しく清らかな緑の袈裟を着ていました。僧は大安に語りました。
「汝の身はすでに既に傷ついている。私は今、汝の痛みをとってやろう。平愈したら家に帰り、すみやかに仏を念じ善を修せ」
僧は手で疵を撫で、去りました。

大安はその姿を覚えておこうとしました。僧の背を見ると、紅の繒(かとり、絹布)を縫いつけてありました。一寸ほどの大きさで、とてもあざやかに見えました。

大安は生き返りました。疵はもう痛まず、ふつうに起居して飲食することができました。その宿には十日おりました。

都から子息・弟、眷属(親戚や従者)などが迎えに来て、大安は家に帰りました。家に帰ると、大安は従者に刺されたこと、僧の夢を見たことなどを妻子と眷属にくわしく語りました。

それを聞くと、傍にいた一人の従女が申しました。
「ご主人様が出かけた後、ご主人様のために奥様が仏を造らせました。私は使いとして仏師のもとに参りました。すでに造り終わって、衣を描くとき、誤って仏の御背の上に一点の朱筆を落としてしまったのです。仏師にたのんでこの朱筆を消させようとしましたが、仏師は聞き入れず、これを消しませんでした。そのため、今なお朱点が仏の御背にあります。ご主人様の話を聞きますと、この仏が助けてくれたものと思いました」
大安は妻子ならびに家の人とともに詣で、仏像を見ると、夢に見たとおりでした。朱点はあざやかで、縫いつけられた絹も夢と異なるところはありませんでした。

大安は仏を恭敬礼拝し、深く仏法を信じ、善を修したと語り伝えられています。

【原文】

巻6第13話 震旦李大安依仏助被害得活 第十三
今昔物語集 巻6第13話 震旦李大安依仏助被害得活 第十三 今昔、震旦の隴西に、李の大安と云ふ人有けり。工部尚書大亮と云ふ人の兄也。武徳の間に、弟の大亮は、越州の総官に任じたり。兄の大安は、京より省行く間、弟の大亮、従者数人を兄の大安が共に送り遣る。大安、禁州

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

【協力】 草野真一

Beautiful pond with Buddha statue at Vedic near aziznagar

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