巻9第22話 震旦兌州都督遂安公免死犬責語 第廿二
今は昔、震旦(中国)兌州の都督(長官)、遂安公李寿は、唐の王室の血筋だったため当初は(その地方の)王になりました。貞観の初年(627年)職を辞し、故郷に還りました。この人は生来狩猟を好み、多くの鷹を飼育していました。犬を殺して鷹の餌とすることを仕事のようにしていました。
あるとき、安公は重い病にかかり、死んだような暮らしをしていました。まるで夢のように五匹の犬が現れて、安公に命をよこせとせまりました。
安公は犬に向かって言いました。
「おまえたちを殺したのは、従者である。私の罪ではない」
「従者が自分の考えで殺したわけではない。われわれは誰かの食を盗んだわけではない。ただ門の前を通り過ぎただけなのに、たわむれに殺されたのだ。かならず報復する」
安公は請いました。
「私は謝罪する。おまえたちの追善供養をする」
四匹の犬は許しました。しかし、一匹の白い犬は、決して許しませんでした。
「私は罪もないのに殺された。また、おまえはまだ死んではいないのに、私の肉を引き裂いのだ。苦しみや痛みはかぎりなかった。その恨みは忘れられない。これを思い出すから、私はおまえを許すことはできない」
にわかに一人の人が現れて、犬に言いました。
「おまえたちが復讐して、この人を殺したからといって益はない。許してやるべきだ。この人は追善供養をすると言っている。これはおまえたちにもよいことではないか」
これを聞いて、許さなかった一匹の犬も「許そう」と思いました。安公はこのとき生き返りました。しかし、体は健康ではありませんでしたし、気分もすぐれませんでした。その後、安公は犬のために追善供養をおこないましたが、遂に病は癒えませんでした。
殺生の罪はとても重いものです。人はこの話を聞き、殺生はしてはならないと語り伝えました。
【原文】
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一
【解説】 草野真一
原文には「安公、忽に身に重き病を受て、死たるが如し」とある。なかば死んだ状態、わかりやすく言えば棺桶に片足つっこんだ状態だったのだ。だからこそ死んだ犬が見え、犬と会話ができた。安公が供養を約束したのちに「生き返った」とされているのはそのためだ。
これはあきらかに中国の考え方で、インドの信仰では死んだ犬がそのまま犬のすがたで出てくることはあまりない。









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