巻9第13話 □□人以父銭買取亀放河語 第十三
今は昔、天竺(インド)に一人の人がありました。隣国で商品を買うため、子に五千両の金を持たせました。子はその金を受け取り、大きな河にそって歩いていきました。
そのとき、河を船で行く人がありました。子が船の方を見ると、五匹の亀が船から頸を出していました。子は問いました。
「それはどういう亀ですか」
「殺すつもりです。そうする必要があるのです」
「その亀を私に売ってくれませんか。買おうと思います」
「たいへんな要ある亀で、やっとのことで釣り上げたものです。たとえ高値になろうとも、売るわけには参りません」
子は拝むようにして、無理に乞うて譲ってもらいました。五千両で五匹の亀を買い取り、河に放って立ち去りました。
子は心の中で思いました。
「父は商品を買うために、私に金を持たせて隣国にやったのだ。しかし私はその金で亀を買ってしまった。父はどんなに腹を立てるだろう」
とはいえ、家に帰って親と顔を合わせないわけには参りません。家に向かって歩いて行くと、その途上で出会った人に聞きました。
「あなたが亀を買った人は、船が転覆して河に落ち、死にましたよ」
子はこれを聞き、「亀を買ったと正直に語ろう」と思いました。
父は言いました。
「なぜ、金を返してよこしたのか」
「私は金を返してはいません。その金で亀を買い、河に放したのです。それをお伝えするために帰ってきたのです」
父は言いました。
「黒い衣をまとった五人の人がやってきた。それぞれが千両を持っていて、『これはお子さんに持たせた金です』と言って置いていった。それは濡れていた」
あの買って放った五匹の亀が、金が水に落入るのを見て、それぞれ千両を取り、父の家にとどけたのです。それは子が帰り着く前でした。
希有のことです。父もこれを聞い、子のおこないをかぎりなく喜びました。これは亀の命を救ったのみではありません。父へのたいへんな孝養でもありました。
この話を聞いた人はみな、亀を買って放った子を讃めたたえたと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一
【解説】 草野真一
宇治拾遺物語にほぼ同じ話がある。
国東文麿氏の解説(『今昔物語集(八)』講談社)によれば、もとは長江流域の話だったらしい。伝播の過程で天竺(インド)の話とされた。
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