巻9第5話 会稽州楊威入山遁虎難語 第五
今は昔、震旦(中国)の会稽州(浙江省)に、楊威という人がありました。幼少で父を亡くし、家では母にかぎりなく孝養しました。楊威はとても貧しかったので、孝養の深い志がありましたが、じゅうぶんに遂げることができませんでした。
ある日、楊威が山に入って薪を採り、母に孝しようとしたときのことです。虎に出会いました。虎は楊威を見て、殺そうとしました。
楊威は虎の前にひざまずき、泣き悲しんで言いました。
「私の家に老母があります。母は私ひとりを頼って衣食しています。私以外に子はありません。もし私がいなくなったら、母は餓え、死んでしまうでしょう。願くは虎よ、慈悲を発し、私を殺さないでください」
虎は楊威の言を聞き、目を閉じ、頭を低(た)れて、立ち去りました。
楊威は家に帰って思いました。
「今日、虎の難を遁れることができたのは、ひとえに孝養の心が深かったためだ。天の助けを得ることができたのだ」
いよいよ熱心に老母に孝養しました。
「畜生でありながら、孝養に心を動かされ、殺さずに立ち去ったのだ」
人々はそう讃めたと語り伝えられています。
【原文】
巻9第5話 会稽州楊威入山遁虎難語 第五
今昔物語集 巻9第5話 会稽州楊威入山遁虎難語 第五 今昔、震旦の会稽州と云ふ所に、楊威と云ふ人有けり。幼少にして、其の父、死けり。然れば、母と共に家に有て、母に孝養する事限無し。楊威、身、極て貧くして、孝養の志し深しと云へども、懃(ねんごろ)に供給し難し。
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一
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