巻1第4話 悉達太子出城入山語 第四
(巻一第四話①より続く)
真夜中を過ぎたころ、浄居天そしてさまざまな天人が虚空に充ち満ちて、声をあわせて太子に語りかけました。
「城の内にある者も外にある者もことごとく眠っています。出家するなら今です」
太子はこれを聞くと、家臣の車匿を訪れて言いました。
「馬に鞍を乗せてくれ。出かける準備をしてくれ」
天人の力によってあらゆる者が眠りこんでいました。ただ車匿だけが目覚めていました。
車匿は太子の言葉を聞くと、恐れわなないて口も聞けませんでした。涙を流しながら語りました。
「太子の希望はかなえたいと思っています。しかし、王の勅命に背くことはできません。太子は馬に乗って外出するとおっしゃいますが、今は馬遊びの時間ではありません。戦いに行かれるのでもないでしょう。こんな夜中に、どうして馬に乗りたいのですか。どこへ行こうというのですか」
太子は言いました。
「私は一切衆生(人々、さらに生けるものすべて)のために、煩悩を滅したいと思っている。おまえはその心と異なる行動をしてはならない」
車匿は雨のように涙を流し、再三にわたって拒みましたが、ついに馬を引いてきました。
太子は車匿そして愛馬に語りました。
「どんなに相手を愛していようと、離れなければならないときは来る。世は無常なのだ。出家は前世からの因縁によって決まっている。避けられないことなのだ」
車匿は何も言いませんでした。馬もいななきませんでした。
そのとき、太子の身体は光り輝き、あたりを美しく照らしました。
「過去、何人もの方が仏陀となった。彼らが出家されたときも同じだったのだ」
天人は馬の四足を持ち上げ、車匿を抱いて進みました。帝釈天は天蓋(傘)をさし、その他の天人はそれにしたがいました。城の北の門は自然に開き、音もたてませんでした。
太子が門から出ると、虚空の天人はこれをおおいに讃歎しました。
太子は誓いました。
「生老病死・憂悲苦悩を断つまでは、城には戻らない。悟りを得ず、法輪を転ずる(教えを説く)ことができなければ、父王と再び会うことはない。恩愛の心を滅することができなければ、摩訶波闍(まかはじゃ、乳母)や耶輸陀羅(やそだら、妻)を見ることはない」
朝までに三由旬(一由旬は王の一日の行程)すすみました。やがて、虚空の天人たちも見えなくなりました。
馬は金翅鳥のように早く進みました。車匿は太子のもとを離れず付き従いました。
(巻一第四話③に続く)
【原文】
【翻訳】
草野真一
【校正】
草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
草野真一
インド哲学者の中村元先生によれば、インドでは傘は雨を防ぐためではなく強い日差しを避けるために用いられるものだという。したがって貴人の外出の際には、かならず傘をさす人がいた。ここでは帝釈天がその役を担っている。
吉原のおいらん道中(大名などの相手をしたトップ花魁によるパレード)にも傘を持ってる人がいるんだけど、あれのルーツなのかな。知ってる人教えてください。
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