巻17第42話 於但馬国古寺毘沙門伏牛頭鬼助僧語 第四十二
今は昔、但馬の国(兵庫県)に山寺がありました。創立後、百余年が経っていました。やがて、その寺に鬼が住むようになりました。人はまったく寄りつきませんでした。
旅の二人の僧がその寺のそばを通るとき、日が暮れてしまったことがありました。二人はその寺のことを知らなかったので、宿泊することにしました。ひとりは年若い法華経の持経者であり、もうひとりは年老いた修行者でした。夜になったので、東西の床にそれぞれ居場所を決めました。
夜半になったころ、壁に穴をあけて入って来る音がしました。とても臭いニオイがします。まるで牛の鼻息を吹きかけられるようでした。しかし、暗かったので、それが何者であるかを見きわめることはできませんでした。何者かはすでに室内に侵入し、若い僧に襲いかかりました。僧は大いに恐怖して、ひたすらに法華経を誦して「助けてください」と念じました。
すると、何者かは若い僧を棄て、老いた僧に向かいました。何者かは老僧につかみかかり切り刻み、喰いかかりました。老僧は大声で叫びましたが、助ける者もなく、喰われてしまいました。
若い僧は思いました。
「老僧を喰い終わったなら、ふたたび私を襲うだろう」
とはいえ、逃げるべき場所もありません。僧は仏壇に登り、仏像のただ中に入り、その中の仏像のひとつの御腰を抱き、仏を念じ、心の中で経を誦して、「助けてください」と念じました。鬼はすでに老僧を喰い終わり、若い僧のいるところに向かってきました。僧はその足音を聞くだけで恐ろしく、ただひたすらに心の中で法華経を念じました。
すると、鬼が仏壇の前に倒れた音が聞こえました。それからはまったく音が絶えました。
僧は思いました。
「これは鬼が私の居場所を知ろうとして、音を立てず耳をそばだてているのだろう」
さらに息音を殺し、ただ仏の御腰を抱き、法華経を念じ、夜が明けるのを待ちました。何年も経ったように長く感じました。
長い時間が経ったということのほかには、何もわかりませんでした。夜が明けたので見ると、毘沙門天を抱いていました。仏壇の前を見ると、牛頭の鬼が三つに切り殺されていました。毘沙門天が持っている桙の先端に、赤い血がついています。
「私を助けるために、毘沙門天が刺し殺したのだ」
かぎりなく貴く、ありがたく思いました。あらためて法華経の持者を加護してくださるのだと知りました。「百由旬(一由旬は帝王の一日の行軍)の中において、災厄はない」の誓い(法華経陀羅尼品)はたしかだったのです。
その後、僧は人里におり、このことを人々に告げました。これを聞いた人々が山寺に向かってみると、僧の言うとおりでした。人々は「これは希有のことである」と、口々に語りました。僧は涙ながらに毘沙門天を礼拝し、その地を去りました。
やがて、その国の国守がこれを聞き、その毘沙門天をたずさえて京に向かい、本尊として供養し恭敬しました。僧はさらに法華経を誦し、怠ることはなかったと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一


【協力】ゆかり

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