巻二十七第四十二話 惑わし神に会い、同じところを巡った話

巻二十七(全)

巻27第42話 左京属邦利延値迷神語 第四十二

今は昔、三条院の御世に、岩清水(石清水八幡宮、*1)に行幸があり、左京の属(さかん、*2)であった邦利延という者を供奉して仕えさせ、九条大路で止まる所を、どう思ったのか長岳の寺戸と言う所まで行ってしまいました。

石清水八幡宮 上院社殿(国宝、京都府八幡市)

そこへ行くと、同行している人々が、「この辺りには惑わし神がいるらしいぞ」と言うと、利延も、「そう聞いている」と答えました。

日がだんだんと暮れて来ました。山崎の渡りに到着しなければいけないのに、「おかしい、長岳の辺りを過ぎて、乙訓の川の辺りに行く」と思うと、また寺戸の崖を登りました。寺戸を過ぎて行くと、「乙訓の川に来て渡る」と思い、既に通った桂川を渡る。徐々に夕暮れになってきました。前後に人っ子一人おらず、たくさん行列していた筈の人達も皆いなくなっていました。

桂川

そうする間にも、夜になったので、寺戸の西の方に板葺きのお堂の軒下に下りて夜を明かし、早朝になって思うことには、「俺は左京の官人だ。早いところ九条大路で留まるべきだったのにここまで来てしまうとは、大変に訳の分からないことだ。それに同じ場所を堂々巡りするとは、九条大路の辺りから惑わし神(*2)が憑り付いて、俺を間違った方へ歩かせているのだろう」と思って、それから西の京の家に帰り着きました。

惑わし神に出逢うことは大変驚くべきことなのです。道を間違えるように騙したのです。狐か何かのしたことなのでしょうか。

これは利延が語ったことです。滅多にないことなのでこう語り伝えていると言うことです。

【原文】

巻27第42話 左京属邦利延値迷神語 第四十二
今昔物語集 巻27第42話 左京属邦利延値迷神語 第四十二 今昔、三条の院の天皇の御時に、岩清水の行幸有けるに、左京の属邦の利延と云ふ者、供奉して仕たりけるに、九条にて留まるべかりけるを、何(いか)に思けるにか、長岳の寺戸と云ふ所まで行にけり。

【翻訳】 長谷部健太

【校正】 長谷部健太・草野真一

【協力】草野真一

【解説】長谷部健太

都市に現れる怪異は天皇の行幸にすら障りをもたらすという話。第八、九話の惨殺事件、第十話の内裏への怪異の侵入といい、王権の衰退を思わせる話。

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*1…岩清水八幡宮は貞観元年(859年)に行教和尚によって創建された。皇室との縁が深く、伊勢に次ぐ地位を占める。
*2…左京職で、左京の四等官(かみ、すけ、じょう、の次)。朱雀大路から東の戸籍・土地・租税・警察・道路をつかさどる。
*3…人を迷わせる神。

[邦利延(くにのとしのぶ)]…『平安遺文』に、「長徳二年(996年)十一月二十五日左史生国利□」、『小右記』に、「長和三年(1014年)六月十五日左大臣(道長)随人民利述辞申御馬之由」とある。

[三条院]…三条天皇。在位は寛弘八年(1011年)~長和五年(1016年)。

【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)

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