巻7第43話 震旦陳公夫人豆盧氏誦金剛般若語 第卌三
今は昔、震旦に陳公の妻がいました。豆盧(とうろ、解説参照)の一族の人です。芮公寛(ぜいこうかん、豆盧寛)の姉でもありました。この人は、心に福を願って、常に金剛般若経を読誦していました。
このように読誦を続けて年月を経、ある日の日暮れ頃にも経を読んでいました。まだ一枚ほども読み終えないうちに、突然妻は堪え難いほどの頭痛にみまわれました。また、手足に力も入らず、症状はどんどん悪化して、その辛さはこの上ありません。妻は心中で思いました。「いきなりこんな重病に罹ってしまった。もしこのまま死ねば、もうこの経を読み終え奉ることは出来ないのだ」そして、なんとか起き上がって経を読もうとしましたが、前にある燈火は既に消えてしまっていました。
妻は目の前にいた侍女に火を灯させようとしました。ところが侍女はすぐに戻って来て、「家の中には火がありません」と言うのです。妻は他の家に火種を借りに行かせましたが、火は灯らないままでした。
妻は大層嘆き失望していましたが、ふと見ると庭に燈火がありました。その燈火は前の階からすぐ床の前まで近づいてきました。地面から三尺(約90センチメートル)ばかり上にあります。灯している人の姿は見えず、昼の陽のように明るかったので、妻はびっくりし、大いに喜びました。頭痛はいつしか消えていました。
すぐに経を持って読誦しておりますと、家人が燈火の消えたことを聞いて、火を鑚って(きって、解説参照)灯し堂に持ってきてくれました。その途端に、先程庭に出てきた燈火は消えてしまいました。妻は経を読み終わり奉りましたが、「こんな不思議なことがあるものかしら」と思っていました。
その後、毎日五回、経を読誦できるまでになりました。その間に弟の芮公が病気に罹り、死の床に臥せっていました。
この人が芮公の見舞いに行きますと、弟は姉に語りました。「あなたの読経の力によって私は百年の長きを生き、死んでからは善所(天など)に生まれることができましょう」
妻は八十歳の時に、[以下欠]
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香・草野真一
※豆盧…豆盧氏は慕容氏の分支で、豆盧寧の曾祖父の慕容丑とその兄の慕容勝のときに北魏に帰順して、豆盧氏の姓を受けた。豆盧とは北方の言葉で「帰義」を意味するとされる
※慕容…4世紀前半より5世紀中期にかけて、中国の東北方、遼東・遼西地方より、華北地方にかけての地域で勢力を有した鮮卑系の部族。五胡十六国時代には前燕・後燕・西燕・南燕を建国した
※火を鑚る(きる)…古くは木を擦り合わせ、もう少し時代が進むと火打ち石などで火をおこすこと。この場合は後者
※欠…本話は完結していない。『今昔物語集(七)』(講談社)における国東文麿氏の解説によれば、本話のラスト、弟が姉に「自分は百歳まで生きる」と語るところで、矛盾が生じたためではないかとしている。この話は『冥報記』を原典としているが、そちらではこれを弟の臨終の言葉としており、「百歳まで生きる」は姉(八十歳でも健在)の未来を予言したものになっている。








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