巻九第二十四話 幻の城で足を焼かれた少年の話

巻九

巻9第24話 震旦冀州人子食鶏卵得現報語 第廿四

今は昔、隋の開皇初年(西暦581年)、冀州のはずれにある村に、十三歳の児がありました。児は隣家の鶏が卵を生むと、密かに行って盗み、持って来て、焼いて食べていました。

ある日の早朝、まだ村の人が起きていないころ、児の父は寝室で門を叩く音と児を喚ぶ声を聞きました。父は児を起こし、音と声を聞かせ、門に出て応対するよう言いました。出てみると、人がありました。
「役所より呼び出しだ。すみやかに参れ」
「なぜ役所は私を召すのですか。私は今、裸です。衣を着てまいります」
使者はこれを受け入れず、児を引き立てていきました。

村を出るところまで来ました。村の南は古い桑田になっています。桑田とは、耕作が終わって、未だ何も植えていない農地です。このことから、三月ほどのこと(旧暦)であることがわかります。

村を出て見ると、路の右に小さな城が建っています。四面に門楼がありました。柱・桁・梁・扉など、みな赤く染められていて、とてもものものしい様子でした。それまでまったく見たことのない城だったので、児はこれを見て怪しみ、門番に問いました。
「この城はいつからあるのですか」
門番はにらみつけて、答えませんでした。

城の北の門に至り、児を城に入れました。入ると同時に、城の扉はたちまちに閉まりました。誰もいないようですし、城の内側には家がまったくありません(大陸の城は城壁内に町がある)。無人の城でした。門番も入ってきませんでした。
城内の地は、すべて熱き灰でした。焼け砕けた火が積もっていました。足を踏み入れると、踝(くるぶし)が隠れるほどでした。

少年は大声で叫び、走り、南門から出ようとしましたが、門は閉じていました。東・西・北のいずれの門も、南門と同じように閉じていました。門に至っていなければ開いています。至ると、閉じています。走り迷い、出ることができませんでした。

そのとき、村の人――男も女も大人も子どもも――田に出てこの様子を見ていました。児は桑田の中にあって、鳥が啼き叫ぶような声をあげ、四方に走っています。人々は顔を見合わせて言いました。
「この児はおかしくなったのか。田の中で独り走るとは」
少年はしばらく走っていました。日が高くのぼり。食事どきになりましたから、鍬を持っている人も家に帰りました。

少年の父は彼らに問いました。
「おまえたちは私の子を見なかったか。今朝はやく、人が来て呼んでいるから出て行ったが、見あたらないのだ」
鍬をもつ者が答えました。
「その児は、村の南の田で、独りで走って戯れています。呼んでも来やしません」
父はこれを聞くと村を出ました。はるかに子が走るのを見て、大声でその名を呼びました。一声ですぐにやってきました。

そのとき、児の目前から城も、灰も消えました、桑田の中におりました。児は父のすがたを見ると、倒れかかり、泣き、事の次第を語りました。父は驚き怪しみましたが、児の足は脛(すね)の半分より上が焼けただれ、血みどろになっていました。膝から下は爛(ただ)れ、焼いた魚のようになっていました。

父は児をかき抱き。家に帰って歎き、養い療治しました。脾(もも)の上の肉は満ち、どうにかもとどおりになりました。しかし、膝から下は乾いた骨になっていて、もとには戻りませんでした。

里の人はこれを見聞きして、少年の走ったところを見てみました。足跡は多く残っていましたが、灰や火は少しもありませんでした。これはひとえに、鶏の卵を焼いて食い、卵をかえそうとはしなかった罪です。

村の人は――男も女も大人も子どもも――このような殺生は、現報となってあらわれると知りました。戒を持(たも)ち、善を修して、永く殺生を止めたと語り伝えられています。

Zhangbi Ancient Fortress

【原文】

巻9第24話 震旦冀州人子食鶏卵得現報語 第廿四
今昔物語集 巻9第24話 震旦冀州人子食鶏卵得現報語 第廿四 今昔、震旦に、隋の開皇の始の比、冀州の外邑に、一の人有けり。其の子に、一の小児有けり。年十三也。此の小児、常に、隣の家に鶏の卵を生めるを、密に行て、盗て、持来て、焼て、此れを食ひけり。

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

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