巻十一第三十五話 馬が見つけた毘沙門天(鞍馬寺の由来)

巻十一(全)

巻11第35話 藤原伊勢人始建鞍馬寺語 第卅五

今は昔、桓武天皇の御代に、従四位藤原伊勢人という人がありました。心は賢く智恵深い人でした。

そのころ、天皇は東寺を建造されていました。伊勢人はその行事(造営責任者)でしたが、心の中では思っていました。
「私は宣旨を承り、道場(寺院)を造らせていただいているが、未だ自分の寺(氏寺)を持ったことがない。仏をつくり奉ったこともない。しかし、長いこと観音の像を顕そうという心はある。もしこの志が空しいものでないのなら、伽藍(寺院)を建立すべき地を示し給え」

そう祈り請うて休んだ夜、夢を見ました。王城(平安京)より北の深い山で、二つの山が突き出ていて、真ん中に中より谷の水が流れ出ていました。絵に描いた蓬莱山に似ています。山の麓にそって、川が流れていました。
ここに年老いた翁があらわれ、伊勢人に告げました。
「おまえはここを知っているか」
「知りません」
「よく聞け。ここは霊験あらたかなこと、他の山に勝れている。私はこの山の鎮守である貴布禰(きふね)明神である。ここで多くの年を過ごした。北の方に峰がある。絹笠山という。その前に険しい丘がある。松尾山という。西に川がある。賀茂川という」
このように教えて去ったところで、夢から覚めました。

夢で教えを得ましたが、行き着くのは困難でした(場所がわからなかった)。伊勢人には、長年乗っている白い馬がありました。鞍を置きつつ、馬に言いました。
「昔、仏法を天竺(インド)から震旦(中国)に伝えるとき、白い馬に負わせたと聞く。もし私の願いが空しいものではなく、遂げられるものならば、おまえは私が夢に見た地にかならず行き至るはずだ」
そう思いつつ、馬を放ちました。馬は家を出て、見えなくなりました。

従者一人を供として、馬の足跡をたどっていくと、夢に見た地に至りました。谷にそって上っていくと、馬の足跡が多くありました。喜んで峰に登ってみると、馬が北に向かって立っていました。まず、伊勢人は掌を合わせ「南無大悲観音」と礼拝しました。萱の中には、白檀でつくった毘沙門天の像が立っていました。我が朝(日本)でつくったものではありませんでした。他国の人が造り奉ったにちがいないと考えました。このように見置いて、喜んで帰りました。

その後、心の内で思いました。
「私は長いこと、観音の像を造り奉りたいという強い志があった。今、毘沙門天を見つけた。これはどういうことか、今夜お示しください」
祈念して休むと、夢に十五、歳ほどの形貌端正な児があらわれて告げました。
「おまえは未だ煩悩を棄てず、因果を悟っていないために、疑を抱くのだ。観音は毘沙門である。私は多聞天(毘沙門天)の侍者、善膩師童子である。観音と毘沙門とは、般若経と法華経との関係と同じだ(どちらも釈尊の教説)」
そう告げるのを聞いて、目覚めました。

鞍馬寺の毘沙門天 右は吉祥天(妃)、左は善膩師童子

その後、伊勢人は心を一にして、工(大工)・杣人などを雇って引き連れ、奥山に入りました。材木を造り運んで堂を建て、毘沙門天を安置し奉りました。今の鞍馬寺というのはこれです。馬に鞍を置いて放ち、その足跡を注(しる)しとして尋ね得たところなので、鞍馬と呼んでいます。

夢の教えのとおり、この山の毘沙門天の霊験はあらたかで、末世まで人の願いを満たしてくれます。貴布禰の明神は、誓いのごとく、今もこの山を守っていらっしゃっていると語り伝えられています。

貴船(貴布禰)神社 鞍馬寺の近隣にある

【原文】

巻11第35話 藤原伊勢人始建鞍馬寺語 第卅五
今昔物語集 巻11第35話 藤原伊勢人始建鞍馬寺語 第卅五 今昔、聖武天皇の御代に、従四位にて藤原の伊勢人と云ふ人有けり。心賢くて智り有り。 其の時に、天皇、東大寺を造給ふ。此の人、其の行事として有る間、心の内に思はく、「我れ、宣旨を承はりて道場を造らしむと云へども、未だ私の寺を建てず。仏を造奉らず。就中に、我れ...

【翻訳】 柴崎陽子

【校正】 柴崎陽子・草野真一

【解説】 柴崎陽子

藤原伊勢人と鞍馬寺を基準とし、原文で誤りと思われる記述を改めています。

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