巻十九第三十二話 平維叙、神に恩返しをされる

巻十九

今は昔、陸奥守(むつのかみ・現在の東北地方の国司)平維叙(たいらのこれのぶ)という者がいました。
貞盛朝臣(さだもりのあそん・平将門を誅殺した勲功者)の子であります。
任国にはじめて下り、神拝(じんぱい・新任国司の行事)ということをしようと、国内のほうぼうの神社に参詣して歩いたのですが、□□郡の道のほとりの木が三、四本ほどある所に小さな祠(ほこら)がありました。
人がお参りに来た気配もありません。

紙垂を備えた祠(富士山)

守はこれを見て、お供をしている国の者たちに、「ここには神様がおられるのか」と尋ねると、国の者の中で年老いた「古いことなど知っているように」見える国府の役人が言いました。
「私の祖父で八十歳になる者が言っていました。『ここには尊い神様がおいでになりましたが、昔、田村の将軍(坂上田村麻呂)がこの国の守でおられたとき、神社の禰宜(ねぎ)・祝(ほふり)の中から思いがけぬ不祥事を起こした者があり、それが大事に発展し、朝廷に奏上されなどして、神拝もなくなり、朔幣(さくへい・毎月一日に国司が神社に供物を奉ったこと)なども停止されてからのち、社殿も倒れ失せ、長い間、人の参拝も絶えてしまったと聞いている』と申しておりました。それから二百年ほど経っておりましょう」

坂上田村麻呂(月岡芳年画)

守はこれを聞き、「それはまことにお気の毒なことだ。神様の過ちではないのになあ。この神様を元のように崇め奉ろう」と言って、そこにしばらく留まり、藪を切り払わせなどした上、その郡に仰せつけて、直ちに大きな社殿を造らせ、朔幣に参拝し、神名帳(じんみょうちょう・神社名簿)に記載などしました。
「このように崇められたので、神も定めしお喜びになったであろう」と思って日を過ごしていましたが、任期中にはこれという霊験も現れず、夢などに見えることもありませんでした。

こうしているうち、いつしか守の任期も終わり、上京しました。
守が国府の館を出て、二、三日ほどになるころ、この神のことを守にお話しした庁官の夢に、誰とも知らぬ者が突然、家の中に入って来て、「この家の門の外においでになって、お召しになっておられる。すぐ来るように」と言います。
庁官は、「いったい誰がお召しなのだろう。陸奥守さまはすでに上京なさったのに、この国で『召す』など言える人がいるはずはない」と思い、しばらく出て行かないでいると、しきりに、「早く来い。早く来い」と言うので、「何事だろう」と思って出て見ると、二、三尺(60~90センチ)ほどの大きさのなんともいえず美しく飾った唐車(からぐるま・貴人の乗る車)に乗っておられる方がいます。
気高く尊げな様子です。
お供の人が土の上にたくさん居並んでいました。

「何かわけがあるのだろう」と思い、畏まって控えると、大きな車箱の側に控えている人が、「その男、こちらへ参れ」と言って召します。
恐ろしいので、すぐには行かないでいましたが、強いて召すので、恐る恐る近くに寄って行くと、車の簾を少し動かして、「わしを知っているかな」と仰せになります。
「どうして存じ上げましょう」とお答えすると、「わしは長い年月、見捨てられたままになっていた某地の神だ。ところが、ここの守が冷遇されていたわしを思いもかけず、このように崇めてくれたので、そのお礼に、守が上京するのを送って行こうと思っている。わしとしては、京に送りつけてすぐに立ち返るべきではあるが、この守をもう一度何とかして国司にならせてから帰って来ようと思うので、その間はわしはこの国にいないだろう。『そなたがこのわしのことを詳しく守に語った結果、守もこのようにわしを崇めてくれたのだ』と思うから、こうしてそなたにこのことを告げてやるのだ。そなたにも感謝しているので、いつかは自然にそれがわかることもあろう」と、おっしゃって京に上っていかれました。

庁官はこういう夢を見、汗びっしょりになって目が覚めました。
「さては夢だったのか」と思うと、この神の御心(みこころ)がまことにかたじけなく尊く思われ、その後、この夢を人に語ると、聞く者はみな感激し尊び奉りました。

その後、実方(さねかた)の中将(藤原実方)という人がこの国の守になって下って来たので、忙しさに紛れてこの夢のことも忘れてしまいました。

藤原実方(菊池容斎『前賢故実』より)

何年か経って、思いがけず、この庁官は前のように夢を見ました。
例の人が入って来て、門の所においでになり、「お召しである」と言います。
夢見心地に、「前においでになった神様がいらっしゃったのであろうか」と思い、急いで参上すると、本当に前と同じ唐車であります。
前の時より車も古めかしくなっていたし、神も旅やつれした様子をしておられます。
「まさに前の時の神だ」と思い、かしこまって控えると、以前のように召し寄せ、「わしを覚えているか」と仰せられたので、「前のお話は承っております」と申し上げると、「よく覚えていたな。わしはこの国の前の国司について、この三、四年京に住んでいたが、いろいろ手を尽くして、あの者を常陸守(ひたちのかみ)に任じさせて帰って来たのだ。『このことをどうしてもそなたに知らせぬ訳にはゆかない』と思って告げるのだ」と仰せになります、とこういう夢を見て目が覚めました。

その後、怪しく思い、前に夢を語った人びとに会って、「今度またこのような夢を見た」と言うと、「本当に前の国司様が常陸守になられたとするならば、神様の霊験は何と素晴らしいことだろう」と言い合っているうちに、京から任官の書状を持って使者が下って来ました。
見れば、この陸奥国の前の国司がまさに常陸守になっていました。

これを思うと、じつに何とも尊いことであります。
そこで、この国の人も皆いっそう心を込めて、この神にお仕えすることになりました。
神にも真心がおありなので、恩を知って、このように明らかに報いなされたのであります。
それ以後は、霊験あらたかなことが多くありました。
この夢を見た庁官も、うって変ったように幸せな生活を送るようになりました。

恩を報ずることは仏もお喜びになることであるから、神もこれによって苦しみの境界から離れなされただろうと、ものの道理のわかる人は褒め尊んだ、とこう語り伝えているということです。

【原文】

巻19第32話 陸奥国神報平維叙語 第卅二
今昔物語集 巻19第32話 陸奥国神報平維叙語 第卅二 今昔、陸奥の守として、平の維叙と云ふ者有けり。貞盛の朝臣の子也。任国に始て下て、「神拝と云ふ事す」とて、国の内の所々の社に参り行きけるに、□□の郡に、道辺に木三四本許有る所に、小さき仁祠有り。人の寄着たる気無し。

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 柳瀬照美

新任の国司は神拝(じんぱい)といって、その土地の神社を回って神々に挨拶をする。その神拝の途中、平維叙が廃社を復興してくれたのに感謝した神が、京に上って維叙の常陸守任官を果たし、それを国府の官人に夢で知らせた話。

平維叙は、平将門を討ち取った貞盛の長男だが、左大臣・藤原師尹の次男の藤原済時(ふじわらのなりとき・村上天皇女御の芳子の兄)の実子で、貞盛が養子としたとも言われている。
そうであれば、後任の陸奥国司・藤原実方(ふじわらのさねかた)は、済時の兄の子なので、従兄弟にあたる。

貞盛は甥やその子を養子にし、一族の結束を強めようとした。
養子も含めて貞盛の子として名が伝わっているのは、維叙の他に、維将、維敏、維衡、維幹、維茂、維時、維輔がいる。

維叙は、日記『小右記』を書いた藤原実資の家人で、のち藤原道長にも仕えた。
官歴は、右衛門尉、陸奥・常陸・上野守。位は従四位下まで上っている。
長和四年(1015)八月に上野守(介)を辞し、寛仁元年(1017)九月には出家して法師となっていたことが道長の『御堂関白記』から分かる。

 

〈『今昔物語集』関連説話〉
受領について:巻28「信濃守藤原陳忠御坂に落ち入る語第三十八」
父・平貞盛:巻29「平貞盛の朝臣法師の家に於いて盗人を射取る語第五」、巻29「丹波守平貞盛児干を取る語第二十五」
兄弟・平維衡:巻23「平維衡同じき致頼合戦をして咎を蒙る語第十三」
兄弟・平維茂:巻25「平維茂が郎等殺さるる語第四」、巻25「平維茂藤原諸任を罸つ語第五」

巻二十四第三十七話 藤原実方、陸奥国で歌を詠む
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【参考文献】
小学館 日本古典文学全集22『今昔物語集二』

巻十九
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今昔物語集 現代語訳

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