巻二十四第四十三話 紀貫之が死んだ子を悼み歌を詠んだ話

巻二十四

巻24第43話 土佐守紀貫之子死読和歌語 第四十三

今は昔、紀貫之※1という歌人がいました。土佐守になってその国に下っていましたが、やがて任期が終わりました。

紀貫之(菊池容斎画、明治時代)

貫之には、年の頃七つ八つばかりの男の子※2がいて、かわいらしい子であったので、とても愛し慈しんでいましたが、数日患ったのちに儚く死んでしまいました。貫之はこの上なく悲しみ、泣きまどい病気になるばかりに思い焦がれていましたが、やがて数か月が経ち、国司の任期も終わったことでもあり、このようにいつまでも悲しんでばかりいるわけにもいかないので、
「さあ、上京しよう」というほどに、あの子がここでいろいろと遊んでいたことなどが思い出されて、いいようもなく悲しく思われて、柱にこう書き付けました。

みやこへと思ふ心のわびしきはかへらぬ人のあればなりけり

(都へ帰るとなれば楽しいはずなのに、これほどわびしく思われるのは、帰ることの出来ない子が、いるからなのだ。)

京に戻った後も、その悲しみの心は消えることがありませんでした。

その国司の館の柱に書き付けた歌は、鮮やかに今も消えることなく残っている、とこのように語り伝えているということでございます。

【原文】

巻24第43話 土佐守紀貫之子死読和歌語 第四十三
今昔物語集 巻24第43話 土佐守紀貫之子死読和歌語 第四十三 今昔、紀貫之と云ふ歌読有けり。 土佐守に成て、其の国に下て有ける程に、任畢(はて)の年、七つ八つ許有ける男子の形ち厳(いつくし)かりければ、極く悲く愛し思けるが、日来煩て、墓無くして失せにければ、貫之、限り無く此れを歎き泣き迷(まどひ)て、病付許思焦...

【翻訳】 松元智宏

【校正】 松元智宏・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 松元智宏

※1 平安前期の歌人。「古今和歌集」の撰者(せんじゃ)として有名。また、「土佐日記」の作者、「新撰和歌」の編者でもある。三十六歌仙の一人。

狩野探幽『三十六歌仙額』

※2 「土佐日記」では女の子。

土佐日記 - 『二十七日。大津より…』 (原文・現代語訳)

子の死を嘆き悲しむ貫之

「今昔物語」で我が子の死を嘆き悲しむ話は、実は珍しいです。今昔物語に登場する子供は、大人の庇護を受けず命をむき出しにして生きています。ちょっと病気になれば家から出され犬と噛み合って死にますし、洪水で流されても「またつくればいい」なんて親に言われますし、浮浪人に襲われたら人質として差し出されて文字通り八つ裂きにされます。道端に赤子が捨てられていても…ここらでやめましょう。
そんな時代に、これだけ親に嘆き悲しんでもらえる子供は幸せですし、紀貫之ら貴族がそれなりに裕福な暮らしをしていたのだということでもあるのでしょう。

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紀貫之の功績

紀貫之の最大の功績は「古今和歌集」だと言われます。「伝統的な和歌を自覚的な言語芸術として定立し、公的な文芸である漢詩と対等な地位に押し上げた」そうです。中国の影響が強かった天平文化から日本独自の国風文化へ、その一翼を担ったわけですね。土佐日記も、まだ漢字で文章を書くのが主流だった当時にあえて平仮名で書かれていますが、これも中国文化からの脱却を志向したと考えられます。

【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ③』(小学館)

この話をさらに読みやすく現代小説訳したものはこちら

現代小説訳「今昔物語」【紀貫之、土佐を発つ】巻二十四第四十三 土佐守紀貫之、子の死にたるに和歌を読みしこと 24-43|好転する兎@古典の世界をくるくる遊ぶ
 今も昔も、大事な人を失う悲しさは、日常を背景とした時に先鋭になるものでございます。「古今和歌集」撰者、「土佐日記」の作者として有名な紀貫之も、そんな悲しみを和歌にのこしているのでした。  あそこに錘をぶら下げて雀小弓の的にしたものだな、と思って後ろの壁をよく見ると小さな穴がいくつか空いていた。穴の一つ一つを指でなぞ...
巻二十四
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今昔物語集 現代語訳

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