巻27第29話 雅通中将家在同形乳母二人語 第廿九
今は昔、源雅通中将という方がいました。丹波中将と呼ばれていました。家は四条大路の南、室町小路の西にありました。
中将が在宅の際、乳母が二歳ほどの児を抱いて、南面(家の南側)に離れ、児を遊ばせておりました。すると、とつぜん児がはげしく泣きはじめ、乳母の叫び声が聞こえたので、中将は北面(家の北側)におりましたが、なにごとがおこったかと大刀を携えて走って行くと、まったく姿かたちの同じ二人の乳母が、児の左右の手足を引っ張り合っています。
中将は奇異に思って眺めましたが、どちらも乳母のすがたをしていて、どちらが本物なのかわかりません。
「一人は狐などが化けたものだろう」
そう考え、大刀をひらめかして走り懸けると、乳母のひとりはかき消えるようにいなくなりました。
児も乳母も気を失い死んだようになっていましたから、中将は霊験ある僧などを呼ばせて加持祈祷させました。しばらくすると、乳母は気がついて、起き上がりました。
中将が「何があったのだ」と問うと、乳母が答えました。
「若君を遊ばせっていると、家の奥の方から、知らぬ女房(女中)が出てきて、『これは我が子です』と言って、児を奪い取りました。『奪われてはならぬ』と考えて引っぱっていると、殿が大刀をひらめかしていらっしゃったのです。するとその女房は、若君を打ち棄てて消えました」
中将は心底おそろしいと思いました。
「人から離れたところで、幼い児を遊ばせてはならない」といわれています。これは狐が化かしたのか、なにかの霊のしわざだったのか、ついにわからずじまいでした。
【原文】
【翻訳】
中山勇次
【校正】
中山勇次・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
中山勇次
時代が異なればドッペルゲンガーといわれただろう。
「四条大路の南、室町小路の西」と語られている。平安京は碁盤の目のように整然としているので、だいたいの位置がわかる。
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