巻20第18話 讃岐国女行冥途其魂還付他身語 第十八
今は昔、讃岐の国山田の郡(香川県高松市)に女がいました。姓は布敷の氏です。この女は身に重い病を得ました。多くのめずらしい食物を門の左右に祭り、疫神(疫病神、災いをもたらす)を饗応しました。
やがて、閻魔王の使者の鬼がやってきて、この病んだ女を召しました。鬼はここまで走ってきたので、疲れてしまって、この祭の膳を見ると、食べずにはいられませんでした。
鬼は女を捕らえて連れて行く間、女に語りました。
「私はおまえの膳を受けてしまった。恩返しがしたい。同姓同名の人を知らないか」
女は答えました。
「同じ国の鵜足の郡(香川県丸亀市)にあります」
鬼はこれを聞くと、山田の女とともに鵜足の女の家に行って、顔をあわせ、赤い袋から一尺(約30センチ)ほどの鑿(のみ)を取り出し、鵜足の女の額に打ち立てて帰りました。山田の女は許され解放され、おそるおそる家に帰ったときには、生き返っていました。
閻魔王は鵜足の女が来たのを見て言いました。
「これは召した女ではない。おまえは誤ってこの女を連れてきたのだ。すこしの間、この女をとどめ、山田の女を連れてきなさい」
鬼は誤りを隠すことはできず、山田の女を連れてきました。閻魔王は彼女を見て言いました。
「まさにこの女こそ召した女である。鵜足の女を帰してやりなさい」
しかし、死んでから三日が経っていましたから、鵜足の女の身体はもう火葬されて焼け失せていました。女の魂は帰る肉体がなく、閻魔王にいいました。
「私は生き返りましたが、帰るための肉体がありません」
閻魔王は使者に問いました。
「山田の女の体はまだあるか」
「あります」
閻魔王は言いました。
「山田の女の肉体を得て、おまえの身体とするがよい」
こうして、鵜足の女の魂は山田の女の身体に入りました。
女は生き返って言いました。
「これは我が家ではありません。我が家は鵜足の郡にあります」
父母は生き返ったことを泣いて喜びましたが、これを聞くと言いました。
「おまえは我が子だ。なぜそんなことを言うのか。忘れてしまったのか」
女はこれには答えず、ひとり家を出て、鵜足の郡の家に行きました。
鵜足の郡の家の父母は、見知らぬ女が来るのを見て、驚き怪しみました。女が言いました。
「これが私の家です」
父母は言いました。
「おまえは我が子ではない。我が子はもう火葬にしてまった」
女は、冥途であったこと、閻魔王が言ったことをつぶさに語りました。
父母はこれを聞くと、泣き悲しみ、生きていたころのことを問いました。
彼女の答えは、たしかに娘のものでした。身体は変わってしまったけれども、魂はそこにあります。父母は喜んて、彼女をとてもかわいがり、養いました。
また、話を聞いて、山田の郡の父母がやってきました。魂は別人のものかもしれないが、肉体はたしかに我が子のものなので、その姿かたちを見て、深く愛しました。
両家の親が同じように養いました。二家の財をもって、ひとりの女を養うのです。四人の父母を持ったのと同じことです。やがて、二家の財産を受け継ぐことになりました。
この話を思うと、饗を備え鬼を接待するのは、空しいことではありません。そのことでこんなこともあり得るのです。また、人が死んだとしても、葬儀を急いではなりません。万が一ではありますが、こんなことも起こりえる。そう語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
『日本霊異記』より得た話。『霊異記』は聖武天皇のころの話としている。
死んで黄泉の国に行ったが誤りが明らかになり生き返ることになった女の話。物語を通じて、葬送儀礼には何が必要か、遺体はいつ火葬にすべきかを伝えている。


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