巻24第9話 嫁蛇女医師治語 第九
今は昔、河内国讚良郡馬甘郷(かわちのくにささらのこおりうまかいのさと)に住んでいる人がいました。
身分は卑しかったのですが、家はたいそう裕福でありました。そこに若い娘が一人ありました。
四月ごろのこと、その娘が蚕にやるために、大きな桑の木に登り、葉を摘み取っていましたが、その桑は道の脇にあったので、道行く人が通りがかりに見ると、どこからともなく大きな蛇が這い出してきて、娘の登っている桑の木の根元に巻きついています。
道行く人はこれを見つけ、娘へ登っている木に蛇が巻きついているぞと教えました。
娘は聞いて驚き、下を見ると、本当に大きな蛇が根元に巻きついています。
このとき娘は恐れうろたえて、木から飛び降りました。
と同時に、蛇は娘の体にまといつき、あっという間に交接を遂げました。
すると、娘は身体中がかっとほてったようになり、前後不覚になって木の根元に倒れました。
これを見た父母は嘆き悲しみ、すぐに診てもらおうと医師を呼びました。
ちょうどこの国に名医がいたので、これを迎えて診てもらいました。
その間も、蛇と娘は交わったまま離れません。
医師が言うには、
「とりあえず、娘と蛇を一緒に戸板に乗せてすぐ家へ連れ帰り、庭へおいてください」
と。
そこで、家へ連れて行き、庭に置きました。
その後、医師の言葉に従い、稲わらを三束焼きました。
三尺(さんじゃく・約90センチ)たけのものを一束にして、それを三束としました。
焼いた灰を湯に混ぜて、三斗(さんと・約54リットル)の汁を取り、これを煎じて二斗(にと・約36リットル)にし、猪の毛十把を刻み、粉末にしたものをその汁に混ぜ合わせ、娘の頭と足の位置に杭を打ち、二本の杭の間に娘を横にかけ渡してつるし、汁を陰部から注ぎ入れました。
一斗(いっと・約18リットル)入ると見るや、蛇はたちどころに離れ、這い出していきます。
それを打ち殺して捨てました。
そのとき、陰部から猪の毛が突き刺さった蛇の子が固まって、おたまじゃくしのような格好で五升(ごしょう・約9リットル)ばかり出てきました。
その蛇の子がみな出てしまうと、娘は驚いて正気を取り戻し、口をききました。
父母が泣く泣く娘に様子を訊くと、娘は、
「何が何やら、さっぱり覚えていません。夢でも見ているようでした」
と、答えました。
こういう次第で、娘は薬の処方によって命が助かり、おそれ謹んでいましたが、その後、三年して、またこの娘は蛇と交わり、ついに死んでしまいました。
今度は、こうなるのもみな、前世の因縁だとあきらめて、治療もせず、そのままにしておきました。
ともかく、医師の腕前といい、薬のききめといい、不思議なことである、とこう語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 柳瀬照美
【校正】 柳瀬照美・草野真一
【解説】 柳瀬照美
本話の出典は、『日本霊異記』中巻「女人、大蛇に婚はれ、薬の力に頼りて、命を全くすることを得る縁第四十一」。
【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』
【協力】ゆかり・草野真一
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