巻29第16話 或所女房以盗為業被見顕語 第十六(欠文)
【解説】 松元智宏
標題のみにとどまっており、本文欠話。
『古今著聞集』十二巻第四百三十三話に上臈女房が盗賊団の首領であったことが露見して逮捕された話があり、本話と同筋と考えられています。
欠話ってどういうことでしょう?
現存する最古の今昔物語集は鈴鹿本と呼ばれるもので、京都大学によりインターネットで公開されています。
本話は以下のように記されています。実際に見ていただければ分かるように、タイトルのみ記されて数行の空白(研究者によると15行分)があります。写本を作成する時にはすでに資料がなく、後日、手に入った時に書き足せるようにしていたのでしょうか。
鈴鹿本は原文が成立してから直ぐ写本として作られたと考えられています。京都吉田神社の神官をしていた鈴鹿家が所有していたので「鈴鹿本」。分かりやすい。
写本を作る際には既に欠字や欠話があったと考えられており(特に人名や地名は本人が特定されないように意図的に隠されたところもあるようです)、判明した時に後から書き足せるように□□(空白)にしていたようです。
ところで、本話のあらすじは、「女房が盗賊団の首領として逮捕された話」です。その話が、写本を作ろうとしたときにはなかった、あるいは写して残すことができなかった。
女房と言えば貴族社会において、朝廷や貴顕の人々に仕えた奥向きの女官もしくは女性使用人のことです(清少納言や紫式部も女房です)。そんな女房が盗賊団の首領で、しかも逮捕されるなんて、当時はかなりスキャンダラスな話題でしょう。それも、かなり高貴なお方にお仕えしている女房、または、高貴なお方の娘さんであったならば、そんなお方のスキャンダルを文字に起こして残すことができない何らかの事情が発生したと想像するのは容易です。
今昔物語は、華やかな貴族の暮らしだけでなく、犯罪や姦淫など、平安の闇の部分もあからさまに書き記しています。それも、事実に即して。そこで、人名や地名を欠字として明記を避けたり、あるいは一話まるごと、さらにはまるまる一巻分を意識的に欠損することで写本として残すことができたのではないでしょうか。
【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)
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