巻4第7話 優婆崛多会波斯匿王妹語 第七
今は昔、天竺に、優婆崛多(うばくった、ウパグプタ)という悟りに至った羅漢(聖者)がありました。
仏が涅槃に入って(亡くなって)後の人ですから、仏の教えを実際に受けたことはありません。とても恋しく思い、「今の世で、仏に会ったことがある人があるだろうか」とたずねました。
「波斯匿王(はしのくおう、プラセーナジット王)の妹が、百十余歳でご存命です。彼女なら、小さいころに、仏に会っているでしょう。他にはないと思います」
優婆崛多はこれを聞くと、大喜びで彼女のもとに馳せ参じました。彼女は尼になっていました。お目にかかりたいと申し入れますと、呼び入れてくれました。戸のわきに油が入った杯があり、優婆崛多は喜びのあまり、急いで入ったために、衣のすそに油をすこしこぼしてしまいました。
尼は問いました。
「なぜおいでになったのですか」
「あなたは仏が生きてあるありさまをごらんになっているといいます。それをうかがいたくて、こうして参ったのです」
「悲しいことですね。仏が涅槃に入って、もう百年ほど経つでしょうか。それから、仏法はずいぶん衰えました。仏がまだ生きていらっしゃるとき、鹿群比丘(ろくぐんびく)という、たいそう悪く物に狂った弟子がありました。仏は常に彼を叱責し、ついには勘当なさいました。あなたはたいへん貴く、戒をたもち、威儀を備えているように見受けられます。しかし、扉のわきの油がこぼれ、衣のすそを汚してしまいました。とてもひどい弟子であっても、そんなことは絶対になかったのです。仏がいらっしゃる時代と、近年とはそれほどに異なるのです」
これを聞いて、優婆崛多は身が砕けるほどに恥じました。
尼はさらに語りました。
「小さいころ、私の親のもとに、仏がいらっしゃったことがありました。そのときに、髪にさしていた金の簪(かんざし)をなくしてしまいました。ずいぶん探したのですが、見つかりませんでした。ところが、仏が帰って七日ののち、ふだん休んでいる床の上に簪があるのを見つけました。不思議に思ってたずねてみると、仏が放つ金色の光が、帰ったあと七日間とどまったので、金の簪が見えなくなっていたのです。八日めの朝、光が失せると、簪はすぐに見つかりました。仏の光は、七日も残ってかがやき続けるものなのだと、そのとき思いました。小さいころのことですから、覚えていることはほとんどないのですが、そのことはよく覚えています」
尼の話を聞いて、優婆崛多はとても悲しみ、涙を流しながら帰ったと伝えられています。
【原文】
【翻訳】
柴崎陽子
【校正】
柴崎陽子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
柴崎陽子
龍樹の『大智度論』よりとった話。後半は『往生要集』に収録されています。
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