巻六第十五話 鉢の中に浄土がひろがっていた話

巻六(全)

巻6第15話 震旦悟真寺恵鏡造弥陀像生極楽語 第十五

今は昔、震旦の都(長安)に、悟真寺という寺がありました。その寺に恵鏡という僧がおりました。淄州の人です。出家後は常に粗食に甘んじ、常に修行しておりました。

恵鏡は彫刻の才があり、釈迦・阿弥陀の二像をみずから造り、供養しておりました。浄土を願う心が深く、この二仏の像をつねに礼拝し、恭敬しておりました。

恵鏡が六十七歳になった年の正月十五日の夜の夢に、ひとりの僧があらわれました。身は金色の光を放っていました。僧は恵鏡に語りました。
「汝、浄土を見たいか」
恵鏡は答えました。
「願わくは、浄土を見たいと思います」
また僧は問いました。
「仏に会いたいと思うか」
「仏をひとめ見たいという深い心を抱いています」

すると、僧は一杯の鉢を恵鏡に授けました。
「鉢の中を見なさい」
恵鏡が鉢の中をのぞきこむと、鉢の中には遥かに広い世界が広がっていました。仏の浄土です。黄金を地とし、宮殿と楼閣が幾重にもかさなって、宝玉で荘厳されていました。すべては心がおよび、目がとどくところではありませんでした。諸天・童子は遊び戯れ、菩薩・声聞は仏をかこみ、前後にありました。あの僧も、仏の御前におりました。
恵鏡は僧の後にしたがい、やっとのことで仏の御前に進み出ましたが、そのときには僧は消えていました。

恵鏡は合掌して仏に問いました。
「私を導いてくれた僧は、誰ですか」
仏が答えました。
「汝が造った釈迦の像である」
恵鏡はさらにたずねました。
「今、そのように教えてくださるあなたは誰ですか」
「私は、汝が造った阿弥陀の像である。釈迦は父の如し、私は母の如し。娑婆世界の衆生(人間世界に住む者)は赤子の如しである。
たとえば、子が幼く智恵がないとき、深い泥に落ちてしまうことがあるだろう。父は子を救うため、深い泥に入り、その子を抱いて、高い岸の上に置く。母はこれを教え導き、泥に入らせないようにする。我等はそのようなものだ、釈迦仏は娑婆にある濁世の愚痴・無識の衆生を教化して導くため、浄土への道を示す。私は浄土にあって、それを受け取り、戻らせないようにする」

恵鏡がこれを聞いて歓喜すると、仏はたちまち見えなりました。恵鏡は夢から覚めました。その後はいよいよ心をつくし、二仏の像を礼拝し恭敬するようになりました。

ある日、ふたたび夢にあの僧があらわれました。
「汝はこれから十二年後に、浄土に生まれるだろう」
その言葉を聞くと、夢から覚めました。恵鏡はこれを聞いて、昼夜に怠らず、恭敬供養しました。

七十九歳になった年、死にました。死ぬ時、隣の房の僧は、夢に、百千の菩薩・聖衆が西の空からあわわれて、恵鏡を迎えるのを見ました。妙なる音楽が聞こえ、かぐわしい香りが室に満ちました。この音楽を聞く人はとても多かったと語り伝えられています。

【原文】

巻6第15話 震旦悟真寺恵鏡造弥陀像生極楽語 第十五
今昔物語集 巻6第15話 震旦悟真寺恵鏡造弥陀像生極楽語 第十五 今昔、震旦の京に、悟真寺と云ふ寺有り。其の寺に恵鏡と云ふ僧住けり。本は淄州の人也。出家して後、常に蔬食にして、道を修する事懇也。

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

【協力】 草野真一

巻十九第十四話 人殺しの悪人が僧になって旅する話(マンガリンクあり)
巻19第14話 讃岐国多度郡五位聞法即出家語 第十四今は昔、讃岐国多度の郡(香川県善通寺市)に、源大夫という人がありました。名はわかりません。とても猛々しい人で、殺生を生業としていました。日夜朝暮に山野に行っては鹿鳥を狩り、川海に行って...
巻四第三十七話 阿弥陀と呼ばれる魚、島に誰もいなくなる話
巻4第37話 執師子国渚寄大魚語 第卅七今は昔、天竺の執師子国の西南、目がとどく範囲に、絶海の孤島がありました。500余の家が漁をして生活しており、仏法を知らなかったといいます。あるとき、島に数千の大魚がやってきました。島の人はこれを見...
巻二十第二十三話 極楽に生まれようとして小蛇になった聖人の話
巻20第23話 比叡山横川僧受小蛇身語 第廿三 今は昔、比叡山の横川に僧がありました。道心をおこし、ひたすらに阿弥陀の念仏を唱え、「極楽に生まれさせてください」と願っていました。法文もよく知っていましたが、ただ極楽に生まれることを...

コメント

タイトルとURLをコピーしました