巻六第三十一話 手洗い水を受けた虫が天人に生まれ変わった話(華厳経の不思議)

巻六

巻6第31話 天竺迦弥多羅花厳経伝震旦語 第卅一

今は昔、天竺の執師子国(スリランカ)に一人の比丘(僧)がありました。名を迦弥多羅(かみたら)といいます。第三果(聖者の四つの階梯の第三)を得た人です。震旦(中国)では能支と呼ばれました。

唐の高宗の世、麟徳の初年(西暦664年)に震旦に来て、聖跡をたずね、名だたる山に登り、多くの寺に参りました。やがて、京西の大原寺という寺に至り、多くの僧に華厳経を伝えました。

僧たちは問いました。
「これはどういう経なのですか」
「これは大方広仏華厳経です。この国に、この経はありますでしょうか。この経の題目を聞いた人は、決して四悪趣(地獄・餓鬼・畜生・修羅、四つの世界)に堕ちることはありません。この経の功徳は、まさに不思議です。あなたたちは知らねばならない。私がこの経の不思議を語り聞かせましょう。

西夏文字による華厳経

西国(インド)に伝わる話でこういうものがあります。昔、比丘(僧)が『華厳経を読み奉ろう』と思い、手を洗うために、掌に水を受けました。その水をそそいだところに、多くの虫がおりました。彼らはその水を受けたことによって、命を落とし、天上に生れることができたのです。この経を受持・読誦・解説・書写した人に功徳がないはずないではありませんか。

また、この話について、このように聞いています。優填国(うでんこく、新疆ウイグル自治区ホータン)の東南二千余里(約一万六千キロメートル)に遮拘盤(しゃくばん)という国がありました。その国の都城の近くに、伽藍がありました。そこに一人の比丘があって、華厳経を読み奉っていました。その国の王や大臣はこれを供養しました。そのとき、とつぜん大きな光明が輝き、夜だというのに城内を照らしました。王は驚き怪しみました。すると、この光明の中に、百千の天衆があり、種々の天衣や宝の瓔珞(ようらく、装飾品)を王や比丘に授けたのです。王と比丘は問いました。
『このようなものをくださるとは、あなたたちはどんな天人ですか。どうしわたしたちにくださるのですか」
『私たちは、この伽藍にあった虫です。沙門(修行者)が華厳経を読み奉るため、水を受け、手を洗ったとき、水の落ちたところにおりました。その水を身に受けたために、私たちは虫の身から、忉利天に生まれることができたのです。天に生まれれば、縁を知ることができます。それゆえ私たちは、ご恩に報ずるために下り来たったのです』
王は天人の言葉に感銘を受けました。
『わが国には、大乗仏教をひろめよう。決して小乗であってはならない』
それ以来、王はひたすらに大乗を敬い貴ぶようになりました。

この後、この国に入ろうとする僧が小乗を学んでいる者ならば、去らせて国にとどめませんでした。これは現在でも守られています。王宮の内には、華厳経・般若経・大方等大集経・法華経などの経典十二部のほか、十万の偈があって、王みずからがこれを信仰しました。華厳経にはこういう不思議が多い経です」
能支はそう語りました。

寺の僧たちはこれを聞いて深く信を発し、華厳経を受持・読誦・解説・書写したと語り伝えられています。

【原文】

巻6第31話 天竺迦弥多羅花厳経伝震旦語 第卅一
今昔物語集 巻6第31話 天竺迦弥多羅花厳経伝震旦語 第卅一 今昔、天竺の執師子国に一人の比丘有けり。名を迦弥多羅と云ふ。第三果を得たる人也。震旦には、其の名を能支と云ふ。

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

【解説】 草野真一

大乗と小乗

仏教は大乗と小乗に大別される。小乗とは大乗がつけた蔑称であり、正しい名称は上座部仏教という。

「仏教は世界宗教である」とよくいわれるが、現在も大乗仏教を信仰しているのは日本・チベット・ブータンなど、かぎられた国にすぎない。
仏教国と呼ばれる国(タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカ、カンボジアなど)では、小乗(上座部仏教)が浸透している。すくなくとも現在は、完全にこちらが多数派だ。

大乗の特徴は、菩薩に焦点があてられていること(観音や地蔵などは大乗仏教のキャラクターだ)、釈迦が超人のように描かれていることなどがあげられる。

この話はスリランカ出身の僧・迦弥多羅が語ったこととされている。迦弥多羅は大乗の優位性を説くが、熱心な仏教国であるスリランカで信仰されているのは小乗(上座部)だ。あるいは、母国で広まらなかったからこそ、大陸を北上しなければならなかったのかもしれない。

華厳経

華厳経は4世紀ごろ、中央アジアで成立したといわれる。たいへんな大部であるが、インドでいくつかの短い経典としてつくられたものが、中央アジアに運ばれて、ひとつにまとめられたと考えられている。

インドと中国の間にはタクラマカン砂漠があり崑崙山脈がある。すべてが伝えられたわけではない。「この国に、この経はありますでしょうか」という問いかけにそれが現れている。
(出典は『要略録』)

唐の時代はシルクロードを通じた中央アジアとの交流がさかんで、長安には青い眼をしたソグド人やトルコ人、イラン人が居住する一角があったという。華厳経もまた、ラクダの背に乗せられてタクラマカン砂漠を超えたのだろう。

この話は優填国(ホータン)の近隣の国の話として語られ、その国で大乗は王の庇護を受けたと伝えている。これはおそらく事実で、中央アジアには優填国や亀茲国(クチャ)など、幾多の仏教王国と呼ぶべき国があった。ただし、これは唐の時代の話で、現在はホータンもクチャもイスラム教を奉じている。

現在のホータン

華厳経はわが国でも重要な経典とされた。奈良の大仏に毎日あげられているのは華厳経である。

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【協力】ゆかり・草野真一

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